01-17
「財盟主を代表する人間は二人いる。ひとりは御堂、ひとりは水前寺だ。実はこの両者は仲があんまり良くねぇ。お互いに自分こそが頂点だと思っているみてぇで今か今かと相手を蹴落とそうとしている」
「そんなに水前寺と仲が悪いんっすか」
「財盟主達はジジババばっかだからな。頭がカタイ上に自分の思い通りにならないと癇癪を起こす奴等だと親父から聞いたことがある。どっちも我が強いんだろうな。御堂家のお家騒動は必ず水前寺が目を付けて来る筈だ。豊福は水前寺に気を付けとかないといけねぇ……とはいえ、水前寺の子息はクソだからな。大した子とねぇと思うぜ」
水前寺財閥には一人息子がいるらしいんだけど、それはそれは財閥界でも有名な遊び人。
所謂どら息子らしく、先日も買ったばかりの高級バイク・ハーレーダビッドソンを一週間で駄目にしたらしい。
ハーレーダビッドソンとはなんぞや? な俺だけど、一台三百万はくだらないバイクを出すメーカーだと教えてもらうと、そりゃもうその息子は馬鹿野郎の一言に限る奴だと思った。
三百万を一週間でおじゃんにするとはどういう神経をしているんだい?
三百万稼ぐのに一般市民はどれだけ汗と涙を流しているとっ……!
年齢は楓さんと一緒らしく、取り敢えず大学生らしいんだけど殆ど通っていないらしい。
しかも無類の女好きらしく、毎日女の子と夜街をぶらぶらしているとか!
「変わり者の鈴理や玲を口説こうとしたんだぜ? マジ無いだろう?」
なん、だと?
鈴理先輩や御堂先輩を口説こうとしただと? なんてクソ野郎なんだ!
「うぁああああああ! それどころかっ、百合子にまでっ、あいつはクソ野郎だ! まじクソだクソ! 汚い手で百合子に触りやがってっ!」
奴と関わるとろくなことがないと髪を振り乱して発狂する大雅先輩。
「す、すすすすす鈴理先輩っ! どこぞのクソ野郎に口説かれたんっすか?! だっ、大丈夫だったんっすか! お体は無事ですか!」
傍らで俺もあからさま動揺していた。
血相を変えて鈴理先輩の安否を確認すると、人の首を齧っていた彼女は心外だとばかりに鼻を鳴らして顔を上げてくる。
「あたしが口説かれるとでも?」
そんなヤワな女に見えるか?
下心ある手が伸びてきた瞬間、捻り倒してやったと鼻高々に自慢した。
確かに先輩はヤワな女ではないだろうけれど、万が一ということがある。
御堂先輩は大丈夫だったのかな。
家に帰ったら聞いてみようかな。
ゼェハァと息をついて興奮を冷ましている大雅先輩を横目で見る鈴理先輩は、もう一人気を付けないといけない財閥の人間がいるではないかと溜め息をついた。
「水前寺財閥長男坊はどうとでもなる。あれはただの阿呆だからな。が、大路財閥次男坊はやばいぞ。あれは無類の……なあ」
「ゲッ……そうだった。大路財閥次男坊がいたんだっけ。と、と、豊福。頭に叩き込んでおけ! 大路財閥次男坊には近づくなっ!」
「聞くのが怖いっすけど、何ですっか?」
三拍ほど呼吸を置き、「無類の男好きなんだ」鈴理先輩が顔を渋らせた。
え、無類の男好き?
だって次男坊なんでしょう?
次男坊とは次の男の坊やと書く。
つまり次男坊は男じゃないか!
なのに無類の男好き、ということは、それはその……あの、うんっと。
「百合子ワールドの住人になりたくなかったらあいつには近付かない方がいい。ガチで食われるぞ。そのせいで昔、兄貴が大変な目に遭っている。あの兄貴が思い出したくないと嘆くほど、大路財閥次男坊の行動力は凄まじい」
電波青年が嘆くほどの男。想像するだけで恐怖! ホラー! グロイR指定ものだ!
「空はあたしが食うと決まっているのだ。奴には負けん! ……だが頭のキレはいい。次世代の財盟主候補として既に名が挙がっているくらいだからな。あとあたしや大雅としては柚木園と関わらん方が良いと思っている。柚木園の長女も面倒な性格をしているしな」
「う゛っ、柚木園なんざ思い出したくもねぇ!」
鳥肌が立ってきたと身震いをする大雅先輩はあいつとは金輪際、会いたくも思い出したくもないと独り言を呟いている。
鈴理先輩にも何しかしら関係のある人のようで、「あいつは怖い」と苦言していた。あの肉食お嬢様がである。
既に脳内財閥相関図が一杯一杯で一度には覚えきれない俺は取り敢えず、財盟主について最優先に記録しておくことにした。
この先、財盟主とは何度も関わるだろうから、五つの財閥名は覚えておきたい。
水前寺の長男坊がクソだということも覚えておこう。
どちらにしろ水前寺と御堂は仲が悪いようだから、警戒心を募らせておくべきだろうし。
……ああ、無類の男好きがいる大路次男坊も加えて覚えておこう。うん。身を守るために。
(財閥界の人間って本当に濃いんだな。派閥も有りそうだし)
二人に財閥界のことを教えてもらい、自分の無知を改めて痛感する。
楓さんの言うとおり、俺は弱点になりやすい。
弱点は守られる立場であり、守れる場面は少ない。
よって傍にいる人間の重荷になる。
そんなの嫌だ。何のために俺は財閥界に残ったんだよ。
「まあ、空のペースで財閥界のことを知れば良いと思うぞ」
助言してくれる鈴理先輩の左手が俺の左手を握り包み込んでくれる。
縛られている双方の左手を見つめた後、俺は力なく笑みを浮かべた。
彼女は俺の焦燥感を感じ取っているに違いない。表情で分かる。
そして片隅で思っているに違いない。
無闇に財閥界に首を突っ込まないでくれ、と。
皆は優しい、だから俺に慰めの言葉をかけて気を遣ってくれる。
でも甘えてばかりじゃ駄目なんだ。それじゃきっと俺は誰も守れない。誰も守ることはできない。
(御堂先輩や鈴理先輩の弱点になるなんてヤじゃないか)
そんなにも情けない存在にだけは、へたれ受け身男であろうとなりたくない。
王子達を守れる姫でいたいじゃないか。
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