01-14 「ちょっと場所を変えていいっすか?」 重たい腰を上げる俺の空気を察したのか、二人が神妙に承諾してくれた。 教室を出て人気の少ない階段の踊り場まで足を伸ばすと、極力窓辺と距離を置きながら手すりに寄りかかる。 首を長くして待つ先輩達と向かい合い、腕を組んで宙を見つめた。 「まず話す前に」 この話は御堂先輩には秘密にして欲しいと釘を刺しておく。 今から話す内容はきっと婚約者にとって気分の良いものではないだろう。 時機が来たら俺から直接彼女に話したいことを踏まえ、そっと口を開く。 「先輩方は楓さんが淳蔵さまに喧嘩を売った件をご存知ですか?」 御堂淳蔵の名に鈴理先輩の表情は硬くなり、大雅先輩の眼光は鋭くなった。 あたし様も俺様も一件のことは知っているようだ。 返事はなかったけれど、醸し出される空気が肯定を示した。 俺は軽く目を瞑ると、 「淳蔵さまを討つために手を組んで欲しいそうです」 それが楓さんが俺の下に来た目的だと簡潔に説明した。 間の抜けた声を出したのは鈴理先輩だった。 仮にも御堂財閥子息候補の空にそんなことを? 信じられない面持ちを作って驚愕を露にしている。 「今、御堂財閥は内紛しています」 御堂淳蔵と御堂源二の対峙を促し、自分は後者側の人間だと述べた。 借金を負ったあの頃から真相が表に出るその瞬間、そして現在に至るまで俺は御堂源二とその奥方の御堂一子、長女の御堂玲に多大な恩義を抱いている。 絶望の淵に落とされた豊福家を救ってくれたのは誰でもない御堂家だ。 黒幕が同じ御堂家であろうと俺はあの人達に支えられ、ここまできている。あの人達の厚意には少しでも報いたい気持ちでいるんだ。 だから何があろうとも俺は最後まで夫妻についていこうと思っている。 それを御堂源二と繋がりを求めている楓さんも知っていたのだろう。 彼と繋がりたい楓さんは俺に交渉してきた。 味方を増やしたいから手を組んで欲しい、と。 「良くも悪くも俺は淳蔵さまや源二さんと直結しています。そして弱点になりやすいお荷物でもあります」 自分と似た思想を持つ御堂源二と弱点になりやすい俺の両方を手中におさめることで、好感を持てる人々の弱点を減らし、御堂淳蔵と対抗する基盤を築き上げたい。それが楓さんの狙いだ。 どうやら楓さんは本格的に人脈を探しているようで、些少でも可能性がある人間ならば声を掛けているらしい。 土日のドライブ中に彼から聞かされている。 休日のドライブは俺との交渉を有利に図るためのものなのだろう。 友好を結びたい、オトモダチになりたいと熱弁してくれたけれど、根っこでは財盟主の一人を討ち取るための行為他ならない。 それが俺の中の警戒心を募らせてしまう。悪い人ではないだろうけど、政略的な思想を持つ人間には少し恐怖を覚える。 「楓さんがな」 静聴していた鈴理先輩が眉を下げる。 その隣で口を閉ざしていた大雅先輩がおもむろに舌打ちを鳴らし、組んでいた手を解いて側らの壁を拳で叩いた。 驚く俺と鈴理先輩に対し、「マジざけんなよ」苛立ちを惜しみなく表に出すと自分が何をしているのか本当に分かっているのかと愚痴り、頭部を掻いた。 「手前は許婚を幸せにする役目があンだろうが。なのに財盟主に喧嘩を吹っかけるなんざっ……くそっ、あれは本気だったのかよ。俺はまだ何も聞いちゃねえぞ。豊福、兄貴に返事はしたのか?」 かぶりを横に振る。 簡単に返事ができる内容ではないこと、俺自身御堂淳蔵に怖じていることを吐露する。 御堂淳蔵の実力のすべてを俺は知らない。 けれども利用されかけた手前、彼がどのような手口で行動する人間なのかはある程度把握している。人命をなんとも思わないことも。 そんな人間に立ち向かうほどの勇気は今のところ持てずにいる。事件の傷はまだ癒えていない。 とはいえ、御堂淳蔵を避けることもできない。彼は婚約者の祖父。いずれ顔を合わせることとなるだろう。 その時、俺や御堂先輩は平常心を保てるだろうか? 「御堂先輩やご家族を守りたい、その気持ちは今も変わりません。けれど、俺はまた淳蔵さまに目を付けられて彼等の弱点になるんじゃ……それが怖いんっす。もう皆の弱点にはなりたくない。楓さんと手を組むというとことは」 「相手を敵に回すのだ。自らを弱点だと主張するようなものだな」 俺の言葉を遮るように鈴理先輩が口を開いた。 うんっと一つ頷くと、「返事はまだするなよ」大雅先輩が強い口調で命令してくる。 顔を上げて彼に視点を定めると、俺様先輩は兄に返事をする前に自分に出した結論を教えて欲しいと申し出てくる。 どんな答えを出すかは俺の自由だと大雅先輩。 できることなら俺の身に危険が及ばないような答えを薦めるし、自分も最大限相談には乗ると言ってくれる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |