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01-09



シートベルトを締めるように促された。

一呼吸置いてシートベルトに手を伸ばすと、それでしっかりと体を固定させる。

楓さんがアクセルを踏むことにより、体が座席に引き寄せられた。が、車はすぐに停まってしまう。障害物にでも当たったようで、車内が大きく揺れた。


「あ、お金。駄目だな、私有地の駐車場しか普段停めないから。こういうシステムには慣れないよ」


シートベルトを外し、楓さんが運転席から出て行く。

その隙に俺も降車してまうことも出来たけど、ここはおとなしく待っておくことにする。

カーフィルムが施されている窓の向こうを見つめる。黒ずんだ世界ばかりが広がっている。前方の窓から見える景色は色彩鮮やかなのに。


「ごめんごめん」


駆け足で運転席に乗り込んできた楓さんは片手を挙げて謝罪を口にすると、扉を閉めて再度ハンドルを握り締める。

今度はスムーズに駐車場から脱することができた。


ハンドルを切ってコインパーキングから出るハッチバック型の車は、等間隔に走行している車の列にまぎれて走り始める。

その間、会話は一切飛び交わなかった。

ルパン三世のテーマ曲が終わり、物寂しげなフォークソングが始まる。

やっぱりこれもルパン三世の曲だった。

この曲は映画の主題歌だっけ。


「御堂玲は五財盟主の孫。彼女を媒体に財盟主と繋がりたい不遜な輩は多い。無論、孫だけじゃなく息子の御堂源二にも同じことが言えるけどね」


途切れていた会話は言葉によってつぎはぎされる。

静聴する俺を一瞥し、「財盟主はそれだけ財閥界で地位のある椅子さ」それを君は知っているかい? 軽快な口調で疑問を投げた。


実を言えば財盟主についてはまったく知らない。

財閥界を取り締まっている首領(ドン)だと認知している程度だ。


逆らうとやばい、ということは常々話で聞いている。


「財閥界は持ち前の資産によって家柄がランク付けされている。大まかに言えば、五つの層から成り立つピラミッド型。頂上をSと表し、ふもとをDと表す。
例えば君の友人である二階堂家、竹之内家は大体AとBを行き来する財閥。宇津木家はA´といったところかな。そして君と直結している御堂家は謂わずもS。家長が財盟主を務めているからね。五財盟主の影響力は凄まじい。その気になれば下層の財閥を破産させるほどの力を持っている」


それだけの資産を持っているのだと楓さん。

資産は何も貨幣だけじゃない。土地や人脈、企業、株、権力等をひっくるめて資産だと俺に教えてくれる。

お金をたくさん持っているからランクが上、という単純な構造ではないようだ。


「玲ちゃんは腐っても淳蔵の孫」


彼女を狙う輩は多い。

それこそ他者を蹴り飛ばしてでも繋がりを求めるだろう。

財閥界は金と利害ばかりを求める連中ばかりなのだ。弱い者を食い荒らして上にのしあがっていく。

そういう意地汚い世界だと語り部が低い声で唸る。若干顔が不機嫌になった。


けれどもすぐに表情を戻し、「豊福くんの婚約者は地位のある子なんだ」微苦笑をこぼしてチラ見してくる。


「そんな子を守り抜くのは大変だよ。君も経験したように、策士な財閥ほど根回しが徹底しているからね。とはいえ……今の玲ちゃんには君が必要だろう。あの子は一歩間違えば財閥界の毒に染まってしまう」


「毒に?」思わず聞き返してしまう。彼はひとつ首を縦に振った。


「あの子は御堂淳蔵に対する憎悪が強い。これでも付き合いは長いからね、玲ちゃんのことはよく知っているつもりだよ。“例の事件”で玲ちゃんはより一層淳蔵を憎んだことだろう。そういった意味では君は玲ちゃんの最後の砦だよ」


俺は反論しかねた。

御堂先輩の憎悪を頭から否定することは出来ない。


寧ろ肯定してしまう側だ。

“例の事件”は性別を気にしている彼女に追い撃ちを掛ける事件だったのだから。

まさか孫の恋心を利用するなんて、淳蔵さんの底知れぬ欲を垣間見た気分だよ。


俺と出逢わなければ彼女はここまで深く傷つくこともなかっただろう。でも、出逢いを否定することも出来ない。それは彼女の気持ちを拒絶するも同じだから。


「一方で、今の豊福くんの存在は玲ちゃんにとっても重荷になる」


何故なら君は財閥界を何も知らない、無知の庶民の子だから。楓さんが手厳しいことを口にした。

言い草に腹を掻きたい気持ちがあるけれど、まったくもってそのとおりだ。図星を指摘され、顔を顰めてしまう。

俺自身には財力なんぞない。

貧乏神とお友達ですと胸を張れるほど実家は貧乏だ。


特別に出でているものもない。

すべて努力の賜物に過ぎないのだから。


関係ないだろうけど容姿もうぬぬ、だし。……現実ってシビアだ!


「最良の策として君は一刻も早く財閥界から身を引くべきだろうね」


それがお互いのためでもあると楓さん。

「けれども」彼は途切れた台詞の頭に接続助詞を付けて話を続ける。



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あきゅろす。
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