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01-05




「はーい、お客様。失礼致します」



と、五番テーブルに第三者の声。

顔をあげれば、新人の中井くんがお盆を片手にニッコリ営業スマイル。


きょとん顔の楓さんに、


「退屈なお客様に当店ご自慢のサービスを致しましょう!」


言うや、お盆の上にのせていた湯飲みを順序良く並べていく。中身はお茶のようだ。


九つの湯飲みを並べ終えると中井くんは指を鳴らして、「他のお客様もご注目下さい!」五番テーブルを見るよう促した。


「本日は“いづ屋”にご来店頂き、まことにありがとうございます。当店の裏サービスであり、裏メニューをご注文されたお客様がいらっしゃいますので、今此処にいるお客様にだけご披露したいと思います」


裏サービス? 裏メニュー?

初めて聞く単語に戸惑いを隠せない。中井くんは何を言っているのだろう。


「受ける手順は簡単。此処にいるスタッフに声を掛け、専用の接待をするようお願いするだけ。
さあ、お客様は裏メニューをご注文されました。此処には九つの湯のみと茶が用意されています。今からお客様に、このお茶を飲んで種類を当ててもらいます。お茶はメニュー表に記されているもの、すべて当てて頂くとお団子の詰め合わせをプレゼント! もしくは特製豪華パフェが頂けます!」


中井くんは俺の両肩を掴むと無理やり立たせ、代わりに自分がそこに腰を下ろした。

当てる個数によってもらえる商品も違ってくると爽快に説明する中井くんは、テーブルの下で厨房に避難するよう手で指示してくる。


どうやら彼は俺を助けてくれるために一役買ってくれたようだ。

肘で楓さんを小突き、「さ。まずは一口」とノリ良く接待する。


常人ならば周囲の注目に堪えかねて逃げ出すところだけれど、電波青年には効かないようだ。

腕を組んで湯のみの中のお茶を見比べ始める。


こうして中井くんの活躍で俺は厨房に逃げることができたのだけれど、待ち構えていた店長の伊草さんには血相を変えられて心配されるは。

大学生の鈴木さんからは「あの人はきっと変態だよ」警察を呼ぶべきだと助言されるは。

無事に戻って来た中井くんからは、「とよみん。男受けする顔じゃないのにな」と笑われるは。


散々な目に遭った。


避難後はずっと厨房を担当をしていたため、フロアに入ることはなく楓さんと接触する機会もなかった。

胸を撫で下ろす一方、こんな騒動を起こした手前(俺が起こしたんじゃないんだけどさ!)、実はあの人は俺の知り合いです、とは店長達に言えず……嗚呼、どうやって楓さんと接触しよう。


アップするまで悩みは続き、結局俺の導き出した答えは相手にメールを送って外へ誘導する、だった。

それこそ店内で接触するところを見られたら、店長達がいかがわしい勘違いをしそうだもんな。

とほほ、なんで俺がこんな目に。


バイトを終えた俺は重い溜息を零しながら事務室の更衣場で甚平を脱ぐと、スラックスを履き、カッターシャツを羽織ってボタンを軽く留める。

脱いだ制服を持ってカーテンを開けると、チャラ男くんがテーブルに着いてミネラルウォーターの入ったペットボトルを傾けていた。

プラスチック容器に気泡を作って美味そうに水分補給をしている彼と目が合う。

右の手を挙げてくる中井くんに、気まずいながらも手を挙げ返して軽く挨拶。


ロッカーから鞄を取り出し、それを持ってスツールに腰を掛けた。


隣にいる中井くんが意味深長な横目でチラチラと人の顔を見てくる。

助けてくれてありがとうと告げ、話題に触れられる前に話を終わらせたかったのだけれど、彼の方が口が早かった。


「とよみん、そう落ち込むなって。世の中は広いんだ。男にセクハラされることもあるって」


中井くん、もしかしなくとも俺を慰めてくれているのだろうか?

だったら残念。

今の発言によって奈落の底に落とされた気分だ。

電波御曹司の楓さんにその気がまったくないことは知っているけれど、職場の目は大変シビア。

豊福空は男にセクハラをされた哀れな奴と勘違いされている。


いや、半分は当たっているけれど、けれどさ!


頭上に雨雲を作り、こめかみに手を添えて深い溜息をつく。噂になったらどう責任を取ってくれるんだろう? お兄さん。


取り合えず、あの人にメールをしてみようか。


「さっきはありがとう、中井くん。あの……さっきの人はどうだった?」


御堂先輩に借りているスマホをタッチする。そろそろ、自分の貯蓄で携帯を買いたいな。


「ん? ああ、楽しそうにお茶を当てていたよ。九の内、三つしか当たらなくて悔しがっていたけどさ」


悔しがる姿が目に浮かぶな。


「裏メニューなんて、よく店長が許したね?」

「許可してくれるよう頼んだからね。なんにせよ、このままじゃとよみんがお持ち帰りされそうだったから。とよみん、きっとあのお兄さんは君をゲイだと勘違いしたんだよ」

「は、はい?! なんで!」


つい、頓狂な声を上げてしまう。

画面から目を放して相手を凝視すると、


「君の彼女は男装ちゃんじゃないか」


傍から見たら男と付き合っているように見えたのではないか、と中井くん。


中井くんは御堂先輩の存在を知っている。

彼もまた“いづ屋”の常連客だったんだ。

先輩の顔は認知しているし、腰に逆セクハラしているところも目撃したことがある……んだってさ! ははっ、泣きたいね! だから公の場でセクハラをするのはやめろとあんなにっ、ゲフンゲフン!



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あきゅろす。
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