01-04
俺はバイト中なんだよ楓さん。
用事があるんだかなんだか知らないけれど、あがるまで待ってくれないかな?!
あがったら相手でもなんでもしてあげるからさ!
しかし相手は、あの大雅先輩の手を煩わせる電波青年。
ちょっとやそっとじゃ耳を貸そうともしない。
「大丈夫。勤務時間分、僕が君を買ってあげるから。小切手でいいかな? ウン万で足りるよね?」
「いえ、そういうことではないのですよ。お客様」
「あ、もしかして現金払い? 大丈夫、少なからず札は持っているから。ほらほら座って」
楓さんが腕を引っ張ってきた。
彼はこの店をホストか何かと勘違いしているのではないだろうか? ご指名を受けて専門接待ができるほどサービスに特化した店じゃないのに!
だがしかし、客人相手に下手な抵抗もできる筈なく(いつの時代も客の方が店員より偉いよな!)、無理やり彼の隣に座らされる。
四人掛けの席に野郎が二人、しかも店員と客が肩を並べて座るという光景は非常に珍奇だろう。
……可愛い女の子にそういうことをするならまだしも、男相手にこんなことをするなんて。
きっと楓さんは弟の後輩くんを相手にしたいがための行動だろう。
けど周りの人間が果たしてそう見てくれるかどうか。
嗚呼、見てくれていないようだ。四方八方から飛んでくる視線がそれを教えてくれている。
な、泣きたい!
下手なクレームを受けるよりもしんどいんだけど!
さて、どうする。
どうやってこの場を乗り切ればいい? 考えろ。落ち着いて、急いで、適正な答えを導き出せ!
「お客様。ご指名は嬉しいのですが、俺にはお仕事がありまして」
努めて愛想よく、相手に不快な思いをさせないように接客する。
プライベートでは知人でも、今の俺達は客と店員の関係だ。
ないとは思うけれど、接待ひとつでトラブルに発展しかねない。ここは慎重に。
「お客様なんて硬いかたい。楓でいいよ豊福くん。はい、お団子」
右の手を取られたと思ったら、そこにお団子を押し付けられる。
まさか自分の作ったお団子を手渡されるなんて誰が想像しようか!
チラッとカウンターの方を見やれば、事態を察した店長の伊草さんがどう俺を助けようと頭を悩ませている。
このまま店に変な噂が流れでもしたらどげんしましょう……ま、不味い! 俺の今後の仕事に支障をきたす!
しかも婚約者の御堂先輩はこの店の常連客、噂が耳に入ったらあくどい笑顔で仕置きするに決まっている!
“へえ、豊福。男と噂になったの? 興味深いね、詳しく聞こうか。カラダに”
ついでに、あたし様の耳に入れば。
“ほお、まさか大雅の兄と噂を持つなんてな。あたしへの挑発か? 受けて立つぞ”
……さ、さ、寒気がしてきた。断固として阻止しなければ!
「か、楓さま。これはお返しします」
お客さん相手なので丁寧な敬称をつけておく。
焦燥感を滲ませる店員にまったく気付かない楓さんは、「美味しいよ?」人の手に己の手を重ねるや否や口に入れた。
反射的に団子を噛んでしまう。それを見極め串を引き抜いた楓さんは、美味しいでしょうと言わんばかりに笑顔を作った。そ、そりゃ美味しいけど。
「餡子がついているよ」
親指で口元を拭われる。急いでその手を振り払い、制服の袖で口元を拭った。
「うん? もしかして恥ずかしかった?」
お願いだから、他の客がいる前でそういう誤解を招くことはやめて欲しいのですが!
俺はこんなにも良い条件が揃ったバイト先を変えたくないし、攻め女ズからも殺されたくもないんだ! アータも婚約者がいるでしょう!
「誤解を招きますから」
こうなればストレートに物申そう。
覚悟を決めて率直に言うと、「誤解?」きょとん顔を作る電波青年は誤解も何もないじゃないか、とへらへら笑う。
「僕は君を買った。何をしてもいいじゃないか!」
草団子を咀嚼しながら、テーブルに両肘をついて頭を抱えてしまう。
今、この瞬間、楓さんは大雅先輩のお兄さんだと思ったよ。
傲慢な物の言い草、まさしく俺様くんのお兄さんだ。
どうすればいいの、この人。
何を言っても斜め上の言動を起こしてくるんだけど。
直後、引き千切るように草団子を食べていた楓さんが俺の甚平を一瞥すると、おもむろに制服の端を掴んだ。
「ここの店の制服ってユニークだよね。甚平みたいだけど、これ、どうやって着ているの?」
驚きかえる俺を総無視してべろっと甚平を捲ってくる。
制服に興味を抱いたようだ。が、これは大変な事態である。傍から見れば勤務中にセクハラをされている店員ほかならない。
「そういう行為はやめて下さい!」
半べそを掻いて必死に制服を下ろす店員に対し、「ダーイジョウブ」お金は払うから、と楓さん。
何が大丈夫なのだろうか。
寧ろ、悪意とも取れる発言によって事態をどんどん悪化させているのだけれど!
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