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お客様はわがままです。



□ ■ □


前略、以前より過保護になったと思われる父さん、母さん。

あなた方の息子は今日も元気に過ごしています。


未だに財閥の令嬢と婚約していることを気にしているようですが、ご安心ください。

俺は俺自身の意思で財閥界に入る決意をしたのです。


否、財閥界に入る決意、というより御堂先輩の傍にいる決意を心に刻んだ次第です。


これは誰の強制でもない自分の意思なのです。


借金という枷がなくなり、気兼ねなく対等に御堂家の方々と接することができるので、気持ち的にも楽ですよ。

アルバイトだって向こうの御夫妻は許可してくださっていますし、今日も俺は小遣いを稼ぐため、父さん、母さんの生活を守るために仕事を頑張ろうと思います!


……思っているのですが。


「すみませーん。お団子のおかわり」


今日は一味、違った一日を過ごすことになりそうです。

“いづ屋”の制服である甚平を整え、客の呼ぶ声に「はーい」と明るく返事する。

五と番号の振られた四人掛けの席に歩むと、

「今度は草団子ね」

人差し指を立てにっこり綻んでくる二階堂財閥長男様が。


「畏まりました」


愛想の良い返事をするものの、内心は戸惑いで一杯である。

片手に空いた皿を持ち、厨房に戻る俺は隙を盗んで背後をチラ見。

白のシャツに灰色の七分カーディガンを羽織っているお洒落さんは美味そうに玄米茶を啜っていた。


なんで大雅先輩のお兄さんがこの店に。

いや、べつにご贔屓してくれるのは良いんだけど……十中八九、あの人は目的があって店に足を運んでいる。

しかも目的は確実に俺だ。


だってあの人から電話が掛かってきたんだよ。

着信相手こそ大雅先輩だったけれど、声の主はオレサマは大雅だ! と言い張っていた楓さんに違いない。


馬鹿でも分かるよ、あの電話は偽者だって。

大雅先輩があんな阿呆な口調で俺に電話を掛けてくるわけがないもん。強引に誘う点は花丸満点だったけどさ。


一体なんの目論みがあって俺に近付いてきたのだろう? 警戒心が募ってしまう。


俺がバイトだと知るや、ああやって店に居座ってお茶を啜っているものだから余計に疑心を向けてしまう。

相手は大雅先輩のお兄さん。疑心を向けるのはお門違いかもしれない。


けれど特別に親しいというわけでもない。

俺や御堂先輩のために動いてくれた事実は知っている一方、あの人は以前から何かしら俺の心を試すような言動を垣間見せている。

あくまで勘だけど、あの人は俺を注視しているんじゃないだろうか?


複雑な感情を抱きつつ、厨房の流し台に皿を置いて注文の草団子を担当者にオーダーする。


「中井くん、オーダーだよ。草団子の作り方は分かる? 販売エリアと違って、飲食エリアのお団子はオーダーが入ってから作るんだけど」


新人バイトくんがこの時間の厨房担当者だ。

名前は中井 英輔(なかい えいすけ)。彼は俺と同級生、高校生だ。

最近入ったばっかりの子なんだけど、気さくで凄くいい子なんだ。


「あ、わっかんね。とよみん。教えて」 


口調といい、つけるあだ名といい、茶に染めている髪といい、立ち振る舞いといい、全体的にチャラい人ではあるけれどさ。

元はこの店の常連客で、俺自身何度か彼の姿は目にしている。



なによりもお茶が好きで、お茶の勉強を熱心にしている。



曰く、お茶の同窓会を自身で創立したほどお茶が好きなんだって。

凄いよな。チャラ男なのにお茶が好きだなんて。

本人は女の子の方が数百倍好きらしいけど、俺から言わせてみればお茶の方が好きだろうと断言できる。



それだけお茶について独自で詳しく調べているんだ。

お茶の淹れ方は店長の伊草さんよりも知識がある。その証拠に彼の淹れるお茶は最高に美味しい。

従業員の誰よりも美味しく淹れてくれるんだ。


曰く、同窓会で死ぬほどお茶を淹れているから、らしいけど、従業員全員を唸らすだけの腕があるんだ。

星の数ほどお茶を淹れてきたに違いない。


新人のために手本として草団子を作る。

木箱から柔らかな団子を手際よく串に刺し、餡子が入った絞り袋を手にとって団子を綺麗にデコレート。

目安となる餡子の量を口頭で伝えると、中井くんが熱心にメモしていく。

その真面目な姿に一笑を零し、俺は完成した草団子をお盆に載せて客の下へ。


「お待たせ致しました」


楓さんの前に置くと、「待ってました」早速串の部分を掴んで草団子を頬張る。


美味しそうに食べる笑顔は大層無邪気だ。俺の五つ上には到底見えない。

ましてや彼が大雅先輩のお兄さんなんて全然見えないよな。


どちらかといえば、大雅先輩が楓さんのお兄さんという感じがするよ。


新たな客が来店した。

接待をするために目前の客に会釈すると、爪先の向きを変える、が、背後から腕を取られてそれが叶わなくなる。


顧みると、楓さんが草団子を咀嚼しながらこっちを見つめてきた。


「お客様?」


何か御用でしょうかの意味合いを込めて声を掛けると、「いくら?」楓さんが串に刺さった団子を軽く振る。

ここの草団子の値段は一本120円とちょっとお高め(スーパーで買えば三本入りパック98円よ奥さん!)。


でも、それだけのお金を払う価値はあると思う。“いづ屋”の団子はお値段に見合った美味しさを持っているんだ。


団子は柔らかいし、餡子は程よい甘さだし、ヨモギの香りは強いし。

いづ屋”に来たら是非食べて欲しい。一本120円でお値段は張るけど!


値段を告げると、「違うよ」お団子の値段なんて気にしちゃいないと客人。


あれ、お団子の値段を聞いているんじゃ……。


「僕が知りたいのは君の値段だよ。豊福くんはおいくらなの?」


目を点にした俺の心情を察して欲しい。お、お兄さん、何言って。


「お金は払うから、此処に座って僕専用の接待をしてくれないかな。そろそろ一人でお団子を食べるのも寂しくなっちゃって。待つの飽きちゃったし。ね?」


何が『ね?』だい、この御曹司。

これだから生粋の御曹司は人の頭を悩ませるんだよ。


果たして自分がとんでも発言をしていることにお気づきなのだろうか?


周りをドン引かせる発言をしているのだけれど!

周囲の目が痛くなってきたのだけれど!

楓さんの許婚・宇津木先輩が耳したら失望は目に見えているんだけど!


君はおいくら発言に言い知れぬ千行の汗を流しつつ、「申し訳ございませんお客様」只今お仕事中でして、と愛想よくお断りした。大人の対応をしてみせた。





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