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僕は“好き”が欲しい



フィアンセ(婚約者)

将来を誓い合い、結婚の約束を交わした関係のことをさす。

またその約束のことをエンゲージと呼ぶ。
 

※財閥界では確かな世継ぎと未来を確保するため盛んに許婚、婚約が取り結ばれる。



□ ■ □
  
  

「蘭子。作った僕が言うのもなんだが、これはあんまり美味しそうには見えない。君が作りなおしてくれないだろうか?」


「駄目ですよお嬢様! 蘭子さんに作り直してもらうなんて。折角お嬢様が作ったのですよ? 空さまに召し上がってもらわないと!」

「左様でございますよ。私が作ってしまえば元も子もございません。気持ちが大切なのです、気持ちが」

   
前略、同財閥対峙により、多忙な毎日を過ごしている父さま。母さま。

あなた方の息子、じゃない、娘は料理という強敵に手こずっている次第です。


男装を好み、気持ちも男になりきる僕が何故厨房に立っているかと言いますと、話せばとても短いのですが、退院したばかりの婚約者が体調を崩してしまったのです。


度重なる出来事に疲労が出てしまったのでしょう。

今朝から布団に入ったままです。


思い起こせば僕と婚約してからの幾月。不慣れな環境、立場、借金に実家との二重生活、過剰な勉学、軟禁、誘拐、事故、入院。

色んなことがありました。

病院で体を休めたとはいえ、体調を崩す要素は満載です。


お家騒動に一段落ついたからこそ緊張の糸が切れたのかもしれません。


本当は実家に帰して療養させてやりたいところですが、布団から動けそうにないようです。

熱はないようですが、本当に具合が悪そうでわるそうで。


だから僕なりにできる労りを、と思ったのですが。
 
 

「月見うどんなのに玉子がばらばらのぐちゃぐちゃ」
 


自分の作ったうどんに眉根を寄せてしまう。


月見うどんの“月見”は玉子が月に似ているから、そう呼ばれるのであって、これじゃあ曇天うどんだ(もしくは霞うどんか?)。

スープの表面に漂った白身の残骸を一瞥して吐息をつく。

黄身の姿なんてどこへやら。


ただうどんに卵を落とすだけなのに、どう手順を間違ったのだろう?

麺ものびていそうだし、家庭科の成績がこの料理で判断できるほどの酷さだ。


我ながら不器用さには恐れ入るよ。



「お嬢様が今までお料理からお逃げになった結果ですよ」



痛烈な一言を蘭子から浴びせられる。

頬を膨らませる間もなく、盆に丼と小皿を載せた蘭子が「これを持って」空さまの下に行って下さい。お腹をすかせていますよ。


有無言わせない微笑で押し付けてきた。


体調不良だから美味しいものを食べさせてあげたかったんだが……、慣れないことなんてするもんじゃない。
 

(鈴理ならきっと美味しい月見うどんを作るんだろうなぁ。あいつは獰猛ながらも女子力はあるから)
 

それにひきかえ、僕の女子力はてんで駄目。

男子力はそこらへんの男子に負けないほどの力を持っていると自負しているけれど。


……あー、こんなところでライバルとの差を見せ付けられるとは思いもしなかった。

女子力を高めたいと思ったことはないが、典型的に家事が駄目なのも考え物だな。
 

口を曲げつつ、盆を持って厨房を後にする。



「大丈夫ですよ。お嬢様。空さまなら、きっと喜んで下さいます」



急須の盆を持っているさと子に顔を覗き込まれた。

見栄えの悪いうどんに唇を尖らせ、


「これ。食べたいと思うかい?」


彼女に視線を流す。


「え」新人女中は正直な表情をしてくれた。


そうだよな、人もそうだが、料理もある程度の見た目は大事だよな。

豊福は喜んでくれるだろうか?


「だ、大丈夫ですって」


空さまはお嬢様の気持ちに喜んで下さる筈です!

さと子が大袈裟にフォローしてくれる。

あまり過剰にフォローされると、それはそれで虚しいものを感じるんだが。
 

気乗りしないまま障子の前に立つ。

盆を持って佇む僕に対し、連れはその場に両膝をついて、一旦持っている盆を置いた。


「空さま」


お昼のご用意ができましたよ。


部屋の主に声を掛けるけれど反応はない。

寝ているのかもしれない。


さと子と視線を合わせる。

彼女はさっきよりも大きな声音で「失礼しますね」、そろそろーっと障子を開けた。
 
 

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あきゅろす。
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