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00-02
 
 
手には茶道の基本が載った雑誌。


べつに引き出しに押し込んでいてもいいのに、体が勝手にこれを持って来てしまった。

なんてこったい、ぼくはお茶になんてこれっぽっちも興味がないのに。

しかもこの雑誌、自腹だという。
昨日本屋に立ち寄ったらこれを見つけて衝動的に購入してしまったんだ。
 

眉間に皺を寄せて廊下を歩いていると、「中井英輔」人のことをフルネームで呼ぶ銀縁眼鏡生徒が前方で仁王立ち。


片頬を引き攣らせて腕を組んでいる男子生徒は雑誌を片手にぼくの姿を見るや否や、


「貴様に物申したいことがある!」


まるで決闘を申し込む勢いで凄んできた。
口調が口調なだけに時代を感じさせてくれる。お前は江戸の人間か。
 

だけど丁度良かった。

ぼくもこいつに用があったんだ。


同じクラスメートの、仲井 龍之介(なかい りゅうのすけ)に!


「いいぜ。場所を変えて話そうか、仲井くん?」

「しかと聞いたぞ、その言葉。ではお望みどおり、場所を移してやる」

 
一々古風な言い方をする仲井。

お前の家は武家か?
それとも現代を生き抜こうとする武士か?
 

心中でツッコミを入れながら仲井の後をついて行く。

一定の距離を置いてしまうのは、ぼくがこいつのことを苦手としているからだ。


きっとあいつもぼくを苦手としているだろう。

よく言うじゃん?
自分が相手に対して苦手意識を持ったら、相手も同じ気持ちを抱くって。


……まーじ苦手なんだよな。同じ苗字(の読み方)のあいつのこと。

こんな事態じゃなかったら申し出を丁重にお断りさせて頂くところだ!
  
 

努めて一定の距離を保ち、ぼく達は空き教室に移動。

中に入る際、三度人がいないことを確認してドアを閉める。

反対に埃っぽい教室を換気するために、仲井が窓を開けた。

正反対な行動を終えたぼく達は次の瞬間、互いを顧みて声を上げた。
 
 
「中井英輔! 貴様っ、おれの気持ちを返せ!」

「ぼくの女子に対する熱い気持ちを返してもらおうか、仲井くん!」
 

こんな物、おれの趣味ではないわ!

先制してきたのはにんべんの付いたナカイ。

雑誌と雑誌の間に挟んであったグラビア雑誌を床に叩きつけ、こんなものにときめく自分が腹立たしくてしょうがないと仲井が半狂乱。
 

後攻のぼくも負けちゃいない。

持っていた雑誌を相手に見せ付けて、「ジジクサイ趣味はないんだよ!」と声音を張った。
 
 
「なーんでぼくが自分の少ない小遣いをはたいてまで、茶の心を学ばないといけないんだよ! 大好きな合コンも断っちまったし! 人生初だぞ、合コンをお断りするなんて!」

「貴様はまだマシだ! おれなんて、初めてコンビニで羞恥を噛み締めたのだぞ! ナニが悲しくて水着ばかり載っている女の雑誌に手を伸ばさないといけないんだ!」


「はああ? 健全な男子なら女体に興味を持って当然だろ! 女子の実ったおっぱい見るだけでときめくじゃんかよっ…、今はその気持ちが失われているけどさ!」

「喧しいわ無節操男! 貴様が毎度の如く鼻の下を伸ばして女に目を向ける気持ちを、どーしておれが経験せにゃならん! さっさとおれの茶に対する気持ちを返せ、今すぐ返せ!」
 
 
「ぼくだって女の子にときめきたい!」「おれだって心行くまで茶を嗜みたい!」「お茶と恋人になりたいとかアリエナイ!」「合コンという単語に反応してしまっただろうが!」「茶男!」「無節操男!」「仲井のくせに!」「貴様も中井だろうが!」
 

散々喚き散らして一旦休憩。

静まり返った教室にはゼェハァと息をつく呼吸音だけが充満している。


開放されている窓からは生徒達の談笑、吹奏楽部の楽器の音、自然界の風の音が混同。ぼく達のいる教室にまで届いた。
 

取り敢えず、言いたいことを言い終えたぼくは「一体どうなってるんだよ」その場に座り込んで項垂れる。

「おれが聞きたいくらいだ」

同じくその場に胡坐を掻いて座り込む仲井はありえんを連呼して溜息をついた。


「何故このようなことになってしまったのか、理解が出来んのだが」

「それはこっちの台詞だよ。ぼく、悪いことしたっけな?」

「貴様の場合、日頃の行いが悪いわ」


「女の子と楽しく遊ぶだけでそんなレッテル貼られちゃうわけ? ないわー」


先ほどと打って変わって消沈した会話のやり取り。

各々深い溜息をついて「どうして」「こうなったのだろうか」息の合った疑問を口にした。
 
 

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あきゅろす。
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