01-18 「貴方はお茶を立てたのですか?」 と、向井先生が抹茶を飲み干して器を返してくる(嗚呼、まだ飲みたかったのに!)。 首を横に振ってお茶も茶道も触れたことがないと返事した。 「立ててみろ」約束どおり教えてやるから、仲井が話に加担してくる。 作法は二の次三の次、まずは言われたとおりにお茶を立ててみればいいと助言までしてくれるサービス。明日は雨かもしれない。 だけど折角の機会だ。 何事も経験ということで早速……、ぼくは胡坐から正座に座り方をかえ、柄杓でお湯を掬った。 器に入れると同着で、「馬鹿!」まずは抹茶の粉を入れるんだと仲井に止められる。 ゲッ、マジで? 先にお湯を入れちゃったんだけど! んじゃあ、もういいよ。お湯の中に粉を……。 「なぁああ、貴様は何をしている! 茶杓を使え! 分量が分からないだろっ、嗚呼、入れ過ぎだ!」 「あ、マジ? ならお湯を足して」 「そんなにお湯を入れたら茶筅で茶が立てられないだろう!」 手順だけは間違えるな、頼むから! ガチで焦っている仲井に感化されてぼくもガチで焦る。 確かにぼくの立てようとしている茶は見るからに不味そうだ。 それでも果敢に茶筅でお茶を立てようとした、ら、「無謀な行為はよせ」とツッコまれた。果敢と無謀はアンイコールのようだ。 どうにか出来上がったお茶を仲井が恐る恐る飲んでみれば「味がせん」 ぼくも一口飲んでみたけど、うん、味がない。お湯。見た目は抹茶色なんだけど、味がない。苦味も風味も消し飛んでらぁ! はっきり言おう、不味い! うぇっと舌を出すぼくに向井先生がくすくす笑って、ぼくのお茶を試飲してくれた。 「そうですね」確かにお味はないですけれど、初めてだから仕方がないですよ。 さすがは師範の称号を得ているおばあちゃん、人を励ますのもベテランだ! だけど妙に不味かったのが悔しかったら、仲井にもう一度、教えてくれるよう頼む。 今度は手順を言ってから手を動かすよう気を付けると告げて。 「最初からそうしろ。気持ちが先走るからこうなるのだぞ」 銀縁眼鏡の向こうで憮然とした眼がぼくを捕らえてくる。 先走っているってことは、無自覚に興奮しているのかもしれない。 茶道に触れられることが嬉しくてしょうがない、のかもな。 本当の仲井ならきっと、大興奮なんだろう。本当の仲井ならさ。 なら、今はぼくが素直にこの気持ちを受け入れておくことにするかな。 彼に気持ちが戻った時に、何かを感じられるように。 何かを…、そう何かを……、なに…、……。 「まず右手で茶杓を持ち、左手で棗を…、おい、聞いているのか?」 懇切丁寧に説明してくれる仲井が不機嫌そうに睨んだ。 非常に申し訳ないけど、こっちも非常事態発生! タンマタンマと連呼し、ぼくは足を崩した。やっべ、慣れない正座をしたもんだから足が痺れたよ! 十分も経ってない気がするけど、まーじ足が死亡している! 「あらあら」向井先生がおかしそうに笑い、「ヤワだな」仲井がお得意の皮肉を飛ばしてくる。 でも表情は向井先生とおんなじ顔をしていた。 だからなのか、「お前等酷くね!」揃いも揃って笑うなんて! 躊躇いなく畳を叩きながら、二人に主張することができた。 友達との集まりや合コンみたいな馬鹿騒ぎする空気ではなかったけど、こんなのんびりした空気も楽しいと思える。 少しならず居心地の良い空気だって思えたからこそ、今日此処に来て良かったと思えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |