01-14 険悪なムードのまま西棟の二階に足を運んだぼくと仲井は和室と記された教室前で足を止める。 この高校に入学して二ヶ月と日は浅いけれど、ある程度、教室は把握したと思っていた。 だからこそ、和室の存在に少しだけ驚いていたりする。 和室は家庭科室の隣の隣の隣、家庭準備室の隣の隣、便所を挟んだ四隅にひっそりと息を潜んでいた。 見るからに使われていない感が漂っている。パッと見、資料室と間違えそうだ。 けれど、付き出しプレートにはしっかりと『和室』と筆字で表記されている。 仲井が鍵を挿して扉を開けると、むわっと篭った空気が襲ってきた。 換気すらされていないようで、ついぼくと仲井は一歩後ずさってしまう。 畳の匂いに混じったヤーなにおいは何と感想すればいいやら。 しかめっ面を作りつつ、中に入るとすぐにコンクリートで塗り固められた土間が顔を出した。 「うっわ、凝ってるな。靴箱まであるし」 もっとも、靴箱の中のスリッパは棚もろとも埃被っているけど 「立派な三和土(たたき)だな。使用されていないのが勿体無いほどだ」 「たたき?」間の抜けた声を出すぼくに、「こういった土間のことを三和土と言うんだ」簡略して言うと、コンクリートなどで固めた土間を指すらしい。さすがは生きた若き武士。 今後の人生において殆ど役立たないであろう知識を提供してくれた。 見えない埃を手で散らしながら部屋にあがったぼくは、颯爽と窓辺に立って窓を開けた。 新鮮な風が部屋に吹き込み、一層この部屋の汚さを感じさせてくれる。 日差しの明度によって、どれほど埃が待っているのか分かってしまったぼくは、「一時間もいたら病気をしそうだね」と皮肉を零した。 とはいえ、この和室は仲井の言うようにとても立派だ。 部屋こそ四畳半で狭く思えるけど、窓は障子と二重構造だし、花瓶や掛け軸だって飾られている(ただし花瓶に花は生けられていない。花瓶、なのに)。 茶道もしくは華道を学ぶ生徒のために用意された部屋は本当に立派だ。 ちょいと窓の向こうに目を向けると、グランドが見えた。今は陸上部がハードル走の練習をしている。 部屋に入るや仲井は鞄を壁際に放って、早速隅に置いてある茶道具に手を伸ばしていた。 この日のために向井先生が用意していたんだろう。 小汚い部屋と違って道具は綺麗だった。 見たことのない道具で、名前もろくすっぽう憶えていないけれど、ぼくはその道具にとても興味を抱いた。 きっとぼくの中の仲井の気持ちが疼いているんだと思う。 ふらっと仲井の隣に立ち、茶道具を見下ろした。 「茶釜に柄杓、水指まである」 ここまで揃えてくれていたのか。 ご機嫌な銀縁眼鏡くんだけど、若干表情が曇っているような気もする。 そりゃそうか、好きな気持ちはぼくが持っているのだから。 じゃあ、そのぼくが茶道具に触れたらどうなるのか? 好奇心から茶釜を手にとってみた。 瞬間、滾るような熱い気持ちが胸を占める。 血液が沸騰しそうな喜びやら興奮やら、感動、やら。これが、仲井の茶に対する真正の嬉々なのかもしれない。 (そういえば、ぼくと事故る日) わざわざ向井先生に掛け合って和室を貸してもらえないかと交渉しに行ったんだっけ? メンドクサイことを、たった一人で行動しているのだから、そりゃもう目前の道具には感動も感動なんじゃないかな。本来は。 ぼくには仲井のお茶に対する情熱がどれほどのものか測りかねるけれど、今一つだけ、理解したことがある。こいつはお茶馬鹿なんだ、と。 [*前へ][次へ#] [戻る] |