00-06 円が顎で教卓の方を促す。 そっちに視線を流せばクラスメートの女子が、同じくクラスメートの男子を追い駆けていた。どうやら男の方が女子を怒らせたらしい。 「待ちなさいよ!」 ほんっとムカつくんだけどっ、通学鞄を振り回しながら女子が声音を張った。 彼女の名前は本条 あかり(ほんじょう あかり)。 陸上部に属している子で、とても明るくおしゃべりな子だ。常に前髪をヘアピンで留めているのが特徴的。 それでもって追い駆けられている男子は東西 冬斗(とうざい ふゆと)。 バスケ部に属している子で、クラスの中心人物だ。 二人は幼馴染らしく、何かあればすぐ喧嘩する仲で周囲からしょっちゅう揶揄を受けている。 傍から見ればアツアツもいいところだ。 「東西! あんた、一度地獄に落ちて来い! ほんっとムカつく!」 「ッハ、俺が地獄に? じゃあお前は奈落の底だな。 だって俺みたいな良い子が地獄に落ちるくらいだしなぁ。本条は地獄どころじゃないと思うぜ。まずそのツラが鬼だから? 地獄にお似合い? みたいな?」 「あ、あぁあんたって奴はぁああ!」 ………。 で? 「あの二人を見てどう参考にして欲しいの? 円」 「ああいう風に男の子と積極的にスキンシップを取って欲しい。そう言っているのよ。みよ子ったら、ほんっと男に興味がないんだから」 「だって私には円がいるし?」 「私に彼氏ができたら?」 「号泣ね!」即答する私に、円は物言いたげに溜息をついた。 「これだから男に興味がないのね、私のせいかしら」 円は早くみよ子の彼氏が見てみたいものだと肩を落とす。 残念、私は今、友達に充実した日々。 略して友充している真っ最中だから! おどける私に円は早く男に興味を持つよう促して、途中まで一緒に帰ろうと誘ってくる。 これから円は塾らしい。電車を使って三駅向こうの有名スパルタ塾に通っているもんだから感心してしまう。 円の偏差値は60以上あるけれど、敢えて50ちょいしかない公立高校を選んだ。 それは私がギリでこの公立高校に受かる確率があったからだ。 それ以上の高校に受かる確率は砂粒もなかった。 特に数学は壊滅的で親と担任を何度泣かせたか。 それでも公立に受かることができたのは、持ち前の身体能力のおかげだろう。 幼い頃から習っている空手で貰った数々の功績が冴えない成績を魅せてくれた。 私の通う高校はわりと部活動に力を入れているから、功績を考慮してくれたんだろう。 だけど残念なことに空手部はないんだなぁ、うちの高校には。剣道部や柔道部はあるけど。 柔道と空手って似ているようで、まったく異なった武術だから私は柔道部に入る気なんてサラサラない。 これまでどおり自分の馴染んだ教室で空手に勤しむつもりだ。 空手一筋なもんだから、女子高生らしい甘酸っぱい初恋も片恋も恋慕も殆ど抱いたことない。 気付けば体だけ大きくなって今に至る。 周囲の女子は魅力的な男を探すことに忙しいようだけど、私は私で空手に友充と忙しいんだ。 円って大事な友達もいるんだし、輝かしい高校生活は友達とめいっぱいはしゃいで過ごすと決めている。 だから円が男に興味を持てだの、なんだの、おかんのように言ってもねぇ。 男より円の方が魅力なんだもん。 親友に言うと、「誤解されるでしょ」盛大に呆れられた。 なんで?! 本当のことを言ったまでなのに! [*前へ][次へ#] [戻る] |