00-11 向こうで点滅していた歩行者専用の信号機が赤に変わった。 一方で三つ目の信号機が青に変わり、車達に発進OKの合図を送る。 よって片側三車線の道路には車が行き交い。 一刻も早く円の下に行かなきゃならないのに、ああっ、信号はまだ変わらないの?! 苛立ちを募らせていると機具から凄まじい物音が聞こえた。 それが具体的になんなのかは分からない。 けど妙にヤな胸騒ぎがした。 「円? 今の音はナニ? 円…、まどか!」 携帯に怒声を張るけど、応答はない。 聞こえてくるのはノイズばかりだ。 微かに風の音が聞こえてくるけど、それまで―――…急激に血の気が引いていくのは、私の第六感が何かを察したせいだろうか。 信号が変わると私は一目散に駅を目指した。 まばゆい光を零しているコンビニの前を通り過ぎ、シャッターが下ろされている写真館に脇目も振らず、前後ろにいる通行人を障害物と見なして。人とぶつかりそうになる度、迷惑そうな顔をされるけれど謝罪する余裕はなかった。 第六感が私を急かして仕方がないのだから。 赤や青、黄色で彩られている人工ネオン。 それらを着飾り、鼻高々に佇む街中を走り、走り、はしって私は目的地に向かう。 心音はこれ以上にないというほど脈を打っているし、呼吸は続かないし、酸素は不足しているし。 それでも足を止めるわけにはいかなかった。 今の私にできることは、円の下に向かうこと。そして彼女が無事でいてくれることを願うばかり。無力感に苛まれる。 (まどか―…っ!) 駅前の横断歩道で足を止める。 二つ目の信号機が赤く発光している間に呼吸を整えようと、忙しく肩を上下に動かした。駅はもう目と鼻の先、あと少しで円の下に。 こめかみから伝い落ちてくる汗を手の甲で拭い、込み上げてくる不安を唾と一緒に飲み込む。 どうかこの予感が外れていますように、そう願って。いつもは信じない神様にさえ懇願した。 でも予感は間もなく的中する。 通話中の携帯からまた凄まじい音が聞こえた。不吉な音に目を削ぎ、急いで相手に応答を呼びかけるけれどやっぱり反応はない。どうして応答してくれないのだと焦燥感に苛まれていた直後、「この先の十字交差点で事故が遭ったらしいぞ」通行人の会話が鼓膜を打った。 この先の十字交差点。 生命保険会社がある四つ角交差点のことだ。 携帯から聞こえた不吉な音に応答のない電話、私の不安はピークに達した。 プリーツを翻して先にある十字交差点に向かう。 不安を煽るように横断歩道の一箇所に人盛りができていた。野次馬らしい。 掻き分けるように人を押しのけた先、目に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。 道路にはタイヤの跡。黒く焦げたような道筋がアスファルトを汚している。 跡からして四輪車ではなく二輪車のようだ。 また道路には誰かの私物であろう通学鞄が放られていた。 無残にも中身が飛び散り、教科書やルーズリーフが辺りに転がっている。向こうに見えるのは携帯? あの携帯には見覚えが。 なにより私の目を削いだのは傍らのガードレール下で横たわっている女子高生。頭から血を流した女子高生は私の見知った人物なのだと容易に判断できる。 親切な通行人が怪我人に駆け寄り、救急車を呼ぶよう叫んでいた。弾かれたように私も怪我人の下に駆け寄って両膝を折った。 「円っ、まどか!」 気が動転した私は狂ったように怪我人に呼び掛け、その体に手を伸ばす。 触れては駄目だと通行人に制されたけれど、名を呼ぶことは止めることができなかった。 どうして円がこんなことになっているのだろうか。 さっきまで、ついさっきまで電話をしていたのに。私に声を聞かせてくれていたのに、どうして。どうして! 「円、目を開けてよ!」 死なないでよっ、円! 誰か、救急車を、早く救急車を! 周囲に向かって半狂乱に叫んでいた私は、ふとごった返す野次馬の中に野次馬には相応しくない輩が此方を見据えていることに気付く。リーマン、婦人、学生の中に混じって佇んでいるそいつ。 野次馬とは明らかに違う、まるで目的を達成したかのように口角をつり上げている輩は目立つ金髪を夜風に靡かせていた。 だらしなく学ランを着ている身なりといい、その髪といい、誰が見てもそいつは不良―――…。 人が事故に遭っているにも関わらず、不謹慎で不敵な笑みを浮かべている輩は私と目が合うと一層笑みを深めて踵返した。 (何よあいつ) 腹立たしいと思えど、私には余裕がなくそれ以上、そいつに対して思うことはなかった。 とにかく一刻も早く円を病院に運んでもらいたい。助けてもらいたい。この流血を止めてもらいたい。 その一心で救急車を呼んでもらうよう、何度も叫んだ。 親友を失いたくない、その一心で。 [*前へ] [戻る] |