02-16 「豊福が男だなんてやっぱり嘘だよな。こんなにも、嫌悪しないんだから。なあ、お姫さま」 Chu! 額に柔らかな唇が落とされて、俺は絶句。 な、な、なんてことをしてくれたんっすか。 お、おぉおお俺、彼女持ちっ…、いや日本にはあまり馴染みのない文化かもしれないけど、キスを文化としている北欧等々ではキスをする場所によって意味がある。 オーストリアの劇作家。 フランツ・グリルパルツァーのキスによる格言はこうだ。 『手の上は尊敬のキス。額の上は友情のキス。頬の上は厚意のキス。唇の上は愛情のキス。瞼の上は憧憬のキス。掌の上は懇願のキス。腕の首は欲望のキス。さてそのほかは、みな狂気の沙汰』 ということは、俺が彼女にされたキスは“友情のキス”ということになるわけだけど。 そうは言っても日本にキス文化というものは浸透していない。 何処にキスされようとキスは“愛情”のキスに思われがちなわけだから、その、つまり、俺のされた行為は完全に仕置き対象になるってことでっ! 赤面どころか顔面蒼白する俺、同じようにやっと正気に戻った御堂先輩は自分のした行為に青褪めた。 所構わず、腕の中の俺を畳に落として(せめて静かに落としてください。一階の人に迷惑でしょう!)、ガタガタブルブルと体を震わせた後、玄関口でしゃがみ込み、「僕はなんてことを」相手は男なのに…、嗚呼、もう駄目だ。ズーンと落ち込んでしまった。 落ち込みたいのは、こっちっすよ御堂先輩っ! どぉおおしよう、鈴理先輩に事が知れたらっ、嗚呼、違うんっすよ先輩。俺は被害者っす。向こうが一方的に…ッ、だから仕置きだけは勘弁を。男の俺が鳴いてもマジキショイだけっすよ。ほんとっすよ。誰が聞いてもそう言いますっすよ。 半泣きの俺もその場でズーンと落ち込み、頭を抱えて脳内の我が彼女にひたすら弁解していたのだった。 ―――…コポコポ、カップにお湯を注ぐ音が沈黙している部屋一帯に響く。 台所でもてなしの準備をしつつ、俺はお茶っ葉が切れていたことを御堂先輩に詫びた。 あると思ってたんだけど、茶筒を見てみたら見事に空っぽだったんだ。 もてなす気持ちはあるし、できることなら買いに行きたいけど、両親の給料日までまだ日がある。お茶っ葉を買い行く余裕はない。 だから紅茶で代用。 イチゴ大福と紅茶、合うようで合わないこの組み合わせに謝罪し、俺はストレートティーの入ったカップを持って彼女の前に置く。 「ご要望があればミルクティーもできるっす」 牛乳は冷蔵庫にあるから、そう告げるとじゃあミルクティーにすると御堂先輩は返答。 よって俺は彼女のためにミルクティーを作り(ついでに俺もミルクティーにして)、ちゃぶ台を挟んで向かい側に腰を下ろす。 紅茶と一緒に御堂先輩の土産を頂くことにした俺は彼女に白と黒、どっちが良いか聞いた。 「白が好きなんだ」 ぎこちなく微笑を向けられ、俺も同じ表情を作り、長方形の箱から個包装されたイチゴ大福を取り出して手渡す。 俺は黒が好きだから黒を頂こうかな。 ぺりっと封を開け始める御堂先輩に倣い、俺も黒を手に取ってビニール包装を剥がす。 で、そのまま口に…、大感激。 イチゴさんが俺の口内いっぱいに広がってっ、美味い、超ウマイ。老舗で買ってきたものかもな、これ。 ……ウマイ筈なのに、なんで喉に詰まるような思いをしなきゃならないんだろうな。 原因は分かってるけど、分かっちゃいるけど。 [*前へ][次へ#] [戻る] |