08-16 ある日の放課後のこと。 図書室で借りていた本を返し、新たに経済の本を借りた俺はそれを通学鞄に仕舞って正門に向かった。いつものように正門付近で蘭子さんが待ってくれていたんだけど、何処となく慌てた様子。 何か遭ったんだろうか? 蘭子さんに声を掛けると、早く乗車するよう促してくる。 言われるがまま乗車すると、そこにはあら、珍しい。御堂先輩が乗っていた。 いつもだったら部活に勤しんでいる時間だろうに。今日は英会話でもないしな。 不機嫌面になっている御堂先輩に首を傾げながら、俺は何か遭ったのかと同じ質問を彼女にぶつける。 「男なんて滅べばいいんだ」ぶっすーっと脹れ面になっている御堂先輩は、次いで、「豊福は滅んでは駄目だぞ」と腰に腕を巻いてくる。 ちっとも答えになっていない。しかもどっこ触ってるんっすか! セクハラ親父化してますっすよ、プリンセスなのに! 俺の抵抗にもまったく動じない御堂先輩は行きたくないと顔を顰めていた。 はて、行きたくないとは? 「これから財閥会合があるのですよ。空さま」 「会合?」 「ええ。将来を背負う二世、三世はより早く社会の仕組みを理解するため、早くから国際や企業などのプレゼンテーション。親御さまの仕事を目にしておくのです」 即戦力が問われる世の中ですからね。 子息令嬢を学生のうちから育てておくのです。 本日は経済プレゼンがございますので、財閥の二世、三世が勉強会の意味合いで集まるのです。 勿論、玲お嬢様も例外ではありませんし、婚約された空さまもある程度の知識を要しますのでご出席頂ければと思っています。 とはいえ、身構える必要もございません。 経済プレゼンの講義があるので、そこに出席すると思って頂ければ。 前もってお伝えできれば良かったのですが、唐突に決まったことなのでお伝えすることが直前となってしまいました。申し訳ございません。 「会合は五時から七時までの二時間程度。経済のお勉強をするだけなので、他の財閥と交流する機会は少ないと思います」 「よく分からないっすけど、財閥のお勉強会って思えばいいんっすかね? うーん、ついていけるかな。俺、まだ経済の勉強を齧り始めた程度ですし」 ついていけなかったらどうしよう。 顔を顰める俺に、「大丈夫」初心者向けに作られていることが多いから、御堂先輩が励ましてくれる。 そうは言っても不安だな。財閥の勉強会なんて高度そうじゃんか。金を懸けている分、内容も濃そうだしさ。周りは理解できて俺だけぽかーんな図が容易に想像できる。困った。 「それより豊福。この会合は学生が主として集まる。大丈夫そうか?」 省略された気遣いに、「そっちは大丈夫っす」なるようになると俺は笑った。 そう、財閥会合ってことは高い確率で元カノと会う可能性があるんだ。 会うことが怖くないって言ったら嘘になるけど、俺は過去を顧みることはできない。これが俺の進む道なんだし。 ……最近思うんだ。 俺、ちゃんと御堂先輩のことを見ようって。 こんなにも側にいてくれるんだ。いつまでも引き摺っているわけにはいかない。 俺と鈴理先輩の始まりはお互いを知るための恋人からだった。 じゃあ、俺と御堂先輩の始まりは婚約から。 それから本当の意味でお互いを知る努力をしよう、そう思えるようになってきた。 少しずつだけど胸の疼きが緩和しているような気がするし。 いや、それとも麻痺し始めているのかな。 離れている時間が当たり前になったから、心に渦巻く感情が些少ならず麻痺しているのかも。 だってそうじゃないと、俺も、元カノも、御堂先輩もやっていられないじゃないか。恋愛って花火みたいだよな。 付き合っている時は華々しく火花を散らすけど、終わるときは呆気なく終わる。儚いものだと思った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |