07-20 「失礼ですが、肩代わりした方のお名前を窺っても宜しいでしょうか?」 源二さんが途切れた会話を戻す。 肯定の返事をする父さんは、がさごそと契約書の入った封筒を取り出して中身を確認。「経営コンサルタントの会長らしいのですが」と、言って名前を告げようとする。 けどその前に思い当たる節があったのか、「御堂淳蔵ですか?」と問い掛けた。 その通りだと頷く父さんに、「淳蔵は私の父なんですよ」と源二さんが眉根を寄せる。含みある吐息をつくと、少しばかり書類を見せてくれないかと頼んできた。 個人情報(プライバシー)が脳裏に過ぎったのか、父さんがやや迷う素振りを見せたけど、名前を的確に言い当てた相手を信じて契約書の入った封筒を相手に差し出す。 御堂って苗字が珍しかったのもあると思う。 相手が淳蔵の息子さんだって信じて父さんは書類の入った封筒を手渡した。 会釈して受け取った源二さんがざっと目を通すと、筆跡や印鑑を見てやっぱり自分の父の物だと判断した。 「五百万か」借金の額を呟いた後、源二さんはすぐ父に連絡すると書類を返してくる。更に秘書の人を呼んでその旨を伝えた。 一連の流れを見守っていた豊福家は一体これからどうなるんだろうとアイコンタクトを取り合い、口を閉ざす。 重々しい空気を作る豊福家に、「父の思考の全ては読めませんが」この見合いは必然だったのかもしれませんね、と源二さんが各々視線を配った。 「もしかしたら父はご子息を我々に預けて欲しいと考えた上で、見合いを計画したのかもしれません。私達も今日の今日まで相手すら知らされていませんでしたので、正直今日の見合いに気鬱を抱いていました。此方とて玲は大事な愛娘ですから」 「でしたら、この見合いは不成立ではないでしょうか? 身分があまりにも違いますし、息子と見合いをしたところでメリットがあるとは思えません。息子には苦労ばかり掛けている始末です。財力も庶民並の我々と見合いをして何の得があるでしょうか?」 父さんの台詞に、「確かに」源二さんが一つ頷いた。 「しかし」我々には大きなメリットがあるのですよ、と言葉を上塗りしてくる。 「実は私の娘は生粋の男嫌いでして。幾多に渡って見合い、許婚を白紙にしてきました。挙句、やや趣向が変わっておりまして。簡単に言えば女の子がすきなのですよ。男になんて見向きもしなかった。……いつか、娘が彼女を作ってくるのではないかといつもハラハラしておりまして」 「か、彼女ですか」 引き攣り笑いを浮かべる父さんの顔には、ハッキリとこう書かれている。金持ちの思考が分からんって。 母さんも途方にくれたような顔をしているし、一子さんは娘が彼女を連れてきたビジョンを思い浮かべたのか、シクシクと着物の袖で目元を押し当てていた。 本人はといえば、「男は嫌いです」それは変えようのない事実だとそっぽ向いてしまった。 女子を口説く方が楽しいですから、と言った瞬間、どーんと向こう両親が落ち込んだ。 そりゃもう頭上に雨雲を作って落ち込んでいる。その落ち込みようは日頃の苦労を物語っていた。 「これなんです」男にまったく興味のない子なんですよ、と一子さんがオイオイシクシク泣きべそを掻く。 「わたくしは玲の彼女ではなく、できることなら彼氏を見たいと望んでいるのです。しかし、此方の願いも虚しくいつまで経っても玲は女性に目を向けていました。そう、ご子息が現れるまでは。 先程の玲の反応にわたくしも夫も感動したのです。あの玲が嫌悪感なく、寧ろ好意を向けて男性を意識していたのですから!」 [*前へ][次へ#] [戻る] |