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05-12


 
 「わたくしは貴方さまを存じ上げません」知っているのは異例子の噂のみ。本人のことは何も知らないと語る。 
 それに柚蘭と螺月に挨拶をして末弟には挨拶をしない。失礼極まりないことだと石英は言う。
 
 どのような者でも挨拶から関係が始まるもの、是非とも異例子と呼ばれた少年と挨拶を交わしておきたい。挨拶から良好な関係を築き上げられるかもしれない。少なくとも自分はそうしていきたい。新たな友人として迎え入れたい。
 少年が異例子だとかそんなもの関係ないと石英は表情を崩す。
 
 石英は異例子の名を尋ねた。そしてできることなら顔を見せて欲しいと頼んだ。間を置き、異例子は苦笑いを零す。


「石英さん、でしたね。貴方はとても変わっていますね。
貴方の言葉に唯一、俺と友人になってくれた聖界人のことを思い出しました。その人も俺にこう言いました。『貴方が異例子だとか、そんなもの関係ない』と。貴方が気さくに話し掛けてくれる朔月さんの婚約者だというのも納得がいきます」

 
 フードを外し、異例子は自身を菜月と名乗った。
 
 どう呼んでくれても構わない。綻ぶ少年に石英は「それでは菜月さんで」と目尻を下げた。フードを被り直した少年は石英に会釈をし、聖保安部隊の元に向かう。
 その際、石英は少年に言う。今度ゆっくりとお話致しましょう。人間界のお話を聞かせて下さい。と。
 
 菜月は振り返り、「ええ。いつかお話致しましょう」限りなく柔らかな言葉を返して視線を戻してしまう。石英は微笑を零し、婚約者達の元に戻った。柚蘭は石英に礼を告げる。普通に接してくれてありがとう、と。
 しかし石英は礼を受け止めなかった。自分は挨拶を交わしただけなのだと柚蘭に綻ぶ。

 
「とても良い子ですね、菜月さんは。機会があれば皆でお茶を致しましょう。勿論、弟さんも交えて」

「石英さん…、本当にありがとう。是非、機会があれば皆でお茶をしましょう」
 

 一部始終のやり取り、そして女性達の会話を聞いていた砂月は呆気に取られていたが、「石英さんを見習えよ」兄に頭を小突かれてしまう。
 どうして見習わなければいけないのだ、自分は悪くないのに。ぶーっと脹れる砂月の頭をぐしゃぐしゃと撫でたのは螺月だった。


「どんな悪い噂が流れてても俺の大事な弟なんだ。朔月がてめぇを大事だって思うように、俺もあいつが大事なんだ。だから恐がらないでやってくれ。俺からのお願いだ」


「……。螺月さまは異例子が大事なんですか?」

「ああ。あいつは俺の弟だ。砂月みてぇに素直で良い子じゃねえけどな」
 

 ま、随分素直にはなってくれたんだけどな。
 微苦笑を零す螺月は朔月にそろそろ行くから、と挨拶。朔月は砂月の態度を謝罪し菜月にも詫びを告げておいて欲しい、そして今度会った時はゆっくりと人間界の話を聞かせて欲しい、と螺月に頼んだ。一つ頷いて親友の伝言を預かった螺月は柚蘭に声を掛け、出発しようと歩き始める。柚蘭は石英達に会釈、砂月に手を振って弟とその場を去った。
 
 「またな」と朔月、「御機嫌よう」と石英、砂月はというと兄の背後から異例子の去る背を睨み付けていた。
 
 あいつのせいで大好きな兄には怒られてしまったではないか。柚蘭や螺月に注意されたではないか。
 しかも大好きな二人が最近、自分と遊んでくれないのはあいつが彼等と暮らし始めたから! 少し前まで家に遊びに来てくれたというのに。向こうが異例子に構ってばっかりだから。異例子のせいでちっとも遊んでくれなくなった!
 
 砂月は怖じながらも異例子にあっかんべーと舌を出した。
 そして軽い気持ちで願った。異例子なんて聖界から消えてしまえ、と。神さまに願った。異例子を柚蘭さまと螺月さまの前から消してくれますように、と。
 
 後々、砂月はこの願いを抱いてしまったことに大きな後悔を抱くのだが、その時はただひたすら、悪名高い異例子の存在を嫌悪し、聖界から消えてくれないかと心から願った。大好きな人たちを自分から奪ってしまった異例子を、ただただ消して欲しいと神さまに願った。
 
 幼いおさない嫉妬だった。




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