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05-11


 

「見たところ買い物のようだけど…、あ、もしかして向こうにいるのは菜月くんか? じゃあ三人で買い物か」

「ああ。三兄姉で買出し。中央区に行こうと思ってる。ま、お目付けがいるけどな」


 螺月は親指で聖保安部隊を指す。
 常に異例子を見張っている仕事熱心な聖保安部隊に朔月は大変だなと苦笑い。本当は三人水入らずで買い物をしたいだろうに。

 と、砂月の顔色が変わった。
 「御兄姉ってことは…、異例子?!」悲鳴交じりの素っ頓狂な声を上げ、砂月は急いで朔月の後ろへと避難する。ビクビクと兄の背後から異例子と呼ばれている人間を見つめる。
 
 異例子の噂は子供達の間でも広がっていた。
 悪魔に魂を売った末恐ろしい人間、天使から生まれた忌まわしき人間だと聞いている。天使になりたい野心から見境無く天使の魂を奪うとか。その魂を喰らってしまうとか。喰われた天使は奈落に落ちるとか。砂月は嫌というほど異例子の噂を聞いていたため、目前に本人がいると知るや否や多大な恐怖心を抱いた。

 「螺月さまや柚蘭さまの弟だなんて」慕っている人々の末弟なんて信じられなかった。砂月にとって異例子は悪そのものに見えたのだ。フードで顔が見えない分、恐怖心も増す。


 ガタガタブルブル―。

 体を震わせ朔月のローブを握り締めながら、異例子を観察する。こちらを見てきた瞬間、ヒッと悲鳴を上げて砂月は朔月の後ろに隠れてしまう。幼き目にも異例子の姿は化け物に見えて仕方が無かった。
 一方、菜月はというと子供に怯えられ、ややショックの念を抱いていた。異例子の噂を知っているから怯えているのだろうけれど、幼い子供にまで怯えられるとやはりショックは受けるものだ。菜月は深々と溜息をついた。

 怯えきっている砂月に朔月は「失礼だろ」と叱りつける。
 

「菜月くんは砂月の思うような子じゃない。すぐに噂を鵜呑みにするのは悪い癖だぞ、砂月」

「だ、だ、だってっ。悪魔に魂を売った化け物じゃないですか!」

 
 「こら!」朔月が声音を張るが、ブンブンと首を横に振り自分は悪くないと主張。悪いのは自分の前に現れた異例子だと一点張り。螺月は苦笑いを零し、砂月と視線を合わせるためにしゃがむ。


「砂月。一応、あれでも俺の弟なんだ。仲良くしろってのは無理だろうけど怯えないでくれねぇか? 全然悪い奴じゃねぇんだ」

「む、無理ですッ…! 螺月さまや柚蘭さまはお好きですけれど、異例子は好きになれません!」
 

「困ったわ。菜月って言われるほど悪い子じゃないのだけれど」

「悪魔に魂を売ったって聞いてます! 悪い人じゃないですか!」

 
 尊敬して止まない柚蘭に言われても砂月は異例子に怖じていた。奴に気を許せば、魂を奪われかねない。嗚呼、早く立ち去ってくれないだろうか。
 こちらを見ている異例子に怖じながらも砂月は気丈に舌を出し、あっち行けと態度で示した。「砂月!」大好きな兄に咎められてしまい、砂月は身を竦める。自分は何も悪いことをしていないのに。悪いのは異例子ではないか。
 
 仕舞いにはグズグズと涙ぐんでしまう砂月に、「弱ったなぁ」螺月はポリポリと頬を掻いて菜月に視線を送った。フードで顔を隠している末弟の表情は窺えないが、怖じてしまっている砂月の気持ちを酌んだのだろう。静かに踵返して聖保安部隊の元へと歩き始めてしまう。

 どうしたものかと螺月は姉に視線を送る。
 柚蘭は微苦笑を零した。幼い砂月の気持ちも分かる。異例子の噂は悪評高く、子供の砂月にとっては恐い存在に違いない。しかし姉の立場としてはどうしても誤解を解いてやりたいところだ。

 けれどこの調子では誤解を解くどころか恐怖心を増幅させる一方だろう。早く立ち去った方が良いかもしれない。そう判断した時だった。


「お待ちになって下さい」
 

 柔らかな声と共に異例子を呼び止め、末弟に歩み寄る天使がひとり。ネズミ色の髪を靡かせながら、立ち止まる末弟の前に立ったのは石英だった。
 何か用かと尋ねる異例子に石英は微笑んだ。「貴方様とのご挨拶がまだでしたので」
 

「わたくし、虎夜石英と申します。石英と呼んで下さい。どうぞ御見知り置き下さいませ」

「何故…俺に挨拶を? 俺が誰だかご存知でしょう?」


 疑問を口にする異例子に石英は目尻を下げる。





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あきゅろす。
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