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05-10

 

 街に入ると菜月はフードをより深く被った。

 今日は聖界の世間でいう休日に当たる日らしく、街は前に訪れた以上に賑わいを見せていた。
 一般天使や聖人が殆どだが西区は鬼夜一族の管轄内。同族に巡り会ってしまうかもしれない。自分よりも下ならば顔も知られていないため、然程警戒心を抱くこともないのだが。年上になると殆ど自分の顔を知っていることになる。
 
 菜月は周囲に目を配り、警戒心を高めながら兄姉と歩いていた。

 
 険しくなる菜月の表情に「大丈夫よ」と柚蘭が声を掛ける。
 傍から見ても覗き込まない限り顔は見えない。そんなに警戒しなくとも大丈夫。もしもの時があっても自分達がいるから。姉の言の葉に、「そうそう」螺月も同意を示した。何があっても傍にいるから大丈夫、もしもの時は蹴散らしてやっから。頼もしい発言に菜月は顔を上げて小さく表情を崩す。優しさが胸に沁みた。


 少しは肩の力を抜いても大丈夫そうだな。

 ホッと息を吐いて出店に目を向ける。少しは外出を楽しまなければ、兄姉にも気遣わせてしまう。菜月は果物や薬草などが並んでいる出店に目を向けながら、兄姉や後ろにいる聖保安部隊とテレポーテーション塔を目指す。


「あれ、そこにいるのは?」

 
 と、途中で通行人に声を掛けられた。

  
 驚き、ビクリと肩を震わす菜月に対し、「朔月じゃねえか」無防備な声を上げるのは螺月。
 恐る恐る前方を見ると空色の髪を持った兄の親友天使・鬼夜朔月が立っていた。買い物帰りなのか腕には紙袋が抱えられている。彼は異例子に対し偏見な念を抱いてはいないものの、菜月は彼から距離を置いた。
 
 何故ならば連れがいたからだ。
 彼の右隣には弟らしき空色の髪を持った天使少年。その隣にはネズミ色の髪を持った女天使。見知らぬ顔ぶれに菜月は警戒心を抱いたのだ。
 
 距離を置く菜月を余所に、螺月と柚蘭は顔見知りの朔月と彼の弟の砂月に挨拶。
 二人のことが大好きな砂月は最近遊んでくれませんね、と不貞腐れる。前だったら月に三回はお相手をしてくれていたのに。ぶうっと脹れる砂月に「わりぃわりぃ」と螺月。「今度遊んであげるから」と柚蘭。朔月に至っては我が儘言うなと砂月に注意する始末。

 もっと脹れる砂月の相手もそこそこに、二人は四天守護家内では少しばかり名の知れた女天使、虎夜 石英(とらや せきえい)と挨拶をかわす。彼女は朔月の婚約者だった。
 丁寧にお辞儀する石英の凛と澄んだ態度は気品溢れている。ネズミ色の長い髪がまた気品を漂わせている。

 彼女は目尻を下げ、「お出掛けでしょうか?」と言葉を掛けた。「そういう石英さんは?」柚蘭が尋ね返すと、「兄上とデートです!」砂月が元気よく答えた。ポッと頬を赤らめる石英に対し、赤面する朔月は砂月に「こらっ!」と怒鳴りつけた。
 
 ぺろっと舌を出す砂月は「本当のことですもん!」声音を張り、そそくさと螺月の後ろに隠れてしまう。
 

「兄上、お顔が赤いですよーだ」

「砂月ッ…お前は一々いちいちッ、あ、いえ、石英さんとのデートが嫌というわけではなくてですね! えーっとですね。勿論嬉しいと言いますか、感激と言いますか、光栄だと言いますかっ。いやもう、実は昨日から嬉しさのあまり眠れていないと言いますか」


 ボソボソと弁解する朔月に一笑し、「お慕いしておりますよ」石英は自分の気持ちをストレートに告げた。
 途端に朔月は持っていた紙袋を地に落とす。果実が地面に散らばるとしまったとばかりに慌てふためき、慌ててそれを拾い始める。

 せっせと拾っていると同じく果実を拾ってくれていた石英と手が重なり、二人は頬を紅潮させた。

 甘く微笑ましい光景に螺月は「ごちそうさま」と肩を竦め、「あらあら」柚蘭は綻び、「お二人とも真っ赤です!」砂月は茶々を入れる。
 

 彼等のやり取りを遠巻きに見ていた菜月は人間界に残した元恋人を思い出していた。

 
 そういえば自分たちもあんな風に初々しかったっけ。
 初デートをした日になんて、手さえなかなか繋げずやきもきした思い出が。それでも彼女とのデートは楽しかった。風花は今、元気に暮らしているだろうか。妙に銀色の悪魔の笑顔が恋しくなった。
 もう会えないと分かっていても、一目彼女の姿をこの目にしたい。そう思うのは贅沢で愚かな我が儘だろうか。
 
 菜月は自分の右耳についているダイヤのピアスを触る。
 これは悪魔が自分に贈ってくれた大事なピアス。唯一、自分と悪魔を繋げている装飾品。菜月はフッと諦めたように失笑した。自分の我が儘は悪魔を不幸にするだけだ。本当に彼女のことを思うのならば、今抱いた我が儘は切り捨てるべきだ。

 この調子では天涯孤独の身の上だろうな。まあ、自分の心は銀の悪魔一色だから他のことなど思う余地もないが。菜月はこれから先のことを思いながら朔月達に目を向ける。彼等は和気藹々と会話を交わしていた。
 
 拾った果実をすべて紙袋に入れてしまうと、朔月は大袈裟に咳払い。「螺月たちは何してるんだ?」質問を投げ掛ける。




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