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05-09

 
 
 「また暴力を振るってるの?」悲しそうな、けれども険しい顔を作って詰問してくる姉を宥めるのにどれほど時間を要したか。しかも途中で兄も帰宅してくるため事態は悪化。
 「弟に何しやがったんだ!」と詰問してきたため、現場はてんやわんやになった。

 異例子が何度も偶然が重なって転んだのだと兄姉に説明してくれたおかげで、どうにかこうにか難は逃れたが。
 兄姉は聖保安部隊を信用していない。故に異例子に話し掛けるだけで何をするのかと眼光を鋭くする。手を出そうとすれば、その手を叩き落とす。取調べ等で連れ出したら最後、末弟に何をしたのかと詰問してくる。

 それは末弟を心配し、家族を愛しているが故の行為だというのは分かっているが、下手すれば公務執行妨害だ。彼等の起こす行動は。彼等もそれは分かっている筈。
 しかし敢えて行動を起こすのは強い愛情がそこに芽生えているから。

「やはり奴等自身も差別されてきたからだろうな。あそこまで警戒心が強いのは。身内に対する愛情が強いのは」 
  
 長に報告するつもりは念頭にも無いが、家族愛が強過ぎて時折こちらを困らせるのも確か。

 最近ではそれが極端に目立つ。
 そう、誘拐事件があって以来から手の平を返したように三人の仲が深まった。兄姉がどんなに優しくしても笑みを零さなかった異例子。今、彼は二人の前で自然に笑声を漏らしている。
 望んでいた光景が手に入りつつある。それは愛情も深まるだろう。気持ちも浮つくだろう。一方で周囲に対する警戒心も高まるだろう。郡是は大きな懸念を抱いていた。強すぎる愛情が周囲の向けてくる差別に対し反発の念を覚え、ついには爆ぜてしまうのではないかと。

 向こうから直接周囲に手を出すことは無いが、手を出されたら…、ありえそうな現実に郡是は眉根を寄せた。


「奪われたくないんだと思います」

 
 ふと千羽が口を開いた。

「自分が思うに。単にあの兄姉は、掴みかけている幸せを奪われたくないんだと思いますよ」 
 
 単純な事だと思います。
 あの兄姉は周りと同じように幸せになりたいと願っている。そして幸せと呼ぶべき現実を今、掴みかけている。嗚呼、この掴みかけの幸せを守らないと。そのために幸せを壊すような障害は徹底的にマークしておく必要性がある。
 騒動を起こしてしまった自分達聖保安部隊も兄姉にとっては障害として一括りされてるんだと思います。自分がもしもあの三人の立場ならば、きっと同じように危害を及ぼす者達を障害と見なし、必要以上に警戒心を抱くと思います。掴み始めた幸せを奪われないように。

 聖界ではよく『百と一の民の精神』を唱えられますが、理不尽な理由で強制的に一の立場に追いやられてしまった者として、それは、自己防衛策なのかもしれませんね。
 爆ぜてしまうかどうかは自分にも予想はつきませんが、彼等は周囲の家庭と変わらぬ幸せを欲している。その想いが全面的に表に出ているのだと、自分は思います。

  
「でも、あの三人は本当に仲が改善されていますね。ああいう光景を見ていると自分、とても心が和みます」
 
 
 「幸せそうで和みます」仕事では滅多に見せない微笑を彼は見せた。建前ではなく本心から言っているのだろう。三兄姉の取り巻く空気に綻んでいる。
 しかし自分の胸の内を一切明かさない千羽の表情は無に近く、何を考えているか上司の郡是でも読み取ることはできなかった。
 
 内心はセントエルフに対する自責と懺悔の念で満たされているのだろう。

 良くも悪くも感情に染まりやすい部下に、郡是はやや心配の念も抱いた。気持ちを抱え込んで取り返しのつかないことをしでかすのではないだろうか…、と。

 郡是は不安を払うように彼に疑問を投げ掛ける。「最近、異例子と親睦を深めたようだが…」曖昧に疑問を投げ掛ける。
 間を置いて千羽は返答。「親睦を深めたわけではないです」
 

「ただ…、異例子はただの少年だと思えてきて。
自然と話し掛けてしまいますし、自然に言葉を返してしまう。他人と同じような態度を異例子に取っている。それだけのことです。特別親睦を深めたわけでもありませんし、睦まじくなったわけでもないんです。思った以上に物知りでガキくさい面が強いですよ、異例子って。恐れるような大した人物でもない。異例子の噂は誇大なんです」
 

 もしも噂どおりの化け物なら家族とあんな風に笑い合いませんよね。
 あ、今、こけそうになった。柚蘭殿や螺月殿から笑われて羞恥を噛み締めているようですよ。―…自分、化け物があんな感情を抱くとは思えません。確かに自分達にはない恐ろしい能力を秘めているようですし、掟を破った咎人ですが、自分は異例子以上に恐ろしい咎人を知っていますから。

 自分の知る恐ろしい咎人は、他者の命を奪っても平然と日々を過ごしている奴だと思いますよ。咎められないからって自分の犯した罪を消そうと罪から背を向ける。記憶から抹消しようとする。
 本当の悪人ってそういうものなんだと思います。
  
「掟を破る愚者より、事故であれ無意味に命を奪った愚者の方がはるかに罪は重い。自分はそう思います」

「千羽。それは己のことを」
 
「郡是隊長。自分、百の民も一の民も守れるような奴になりたいです。欲張りでしょうけど、偽善ぶってるでしょうけど、自分の新たな目標です。百だけでなく一も守れる聖保安部隊を目指す。そのために奪ってしまった命を背負って、これから今まで以上に精進していきたいです」
 
 千羽は郡是の言葉を遮るように大きく無謀な目標を口にした。
 決意を宿した瞳は強い輝きを放ち、表情は限りなく柔かなものだった。大きな成長を見せ始めている千羽に瞠目していたが、「そうか」郡是は相槌を打って希少な微笑を見せた。




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あきゅろす。
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