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花に願い、君に祈りを



 手向ける花は咎人には合わないであろう穢れなき小さな白。
 
 けれど個別で見た場合、きっと手向ける花は誰より合うであろう穢れなき可愛い白の花。

 すべてを無にしてしまう色を、優しい香りを放つ花を、小さく可愛い花を、赦されない愚かな罪を犯した咎人へ。正義という名の振り翳し赦されない罪を犯した咎人が捧ぐ。
 
  
 
 
「まったくどういうことだ。あの千羽が仕事を放置して姿を晦ませるとは」 
 
  
 聖保安第五隊の隊の長を務める郡是忍は、持ち前の青髪を乱しながら苛立ちを噛み締め、西大聖堂の石造りの回廊を踏み鳴らしていた。
 
 その日の午前。
 郡是は問題なく勤務をこなしていたのだが、部署を訪れた部下の一報により事態は一変。副隊長の千羽が朝から仕事場に現れないというのだ。
 昨晩、副隊長には自分の代わりに異例子の監視側に就くよう命じた筈なのだが。向こうも二つ返事で承諾した様子だったのだが。仕事場に現れていないとはどういうことだ。

 不調や事情があるというのならば必ず上司である自分に連絡が回って来る筈。連絡も無しにサボるとも思えない。
 千羽の性格を知り尽くしている郡是は苦々しく舌打ちを鳴らし千羽がいるであろう仮部署に足を運んだのだが、やはり副隊長の姿は無かった。副隊長がいないために部下達が彼の分まで忙しく働いている。

 仕事に人三倍厳しい郡是は苛立ちを募らせた。無断欠勤など言語道断、周囲にどれほど迷惑を掛けているのか分からぬ歳でも無いだろうに。
 

「千羽が来たら俺のところに来るよう伝えろ」


 部下を怖じさせる低い声で命を下し、郡是はすぐさま部署の方へと戻った。
 副隊長ばかりに気を取られているわけには行かない。仕事は山のように残っている。嗚呼、監視という仕事に就いてからというもの何かと部下が厄介事を起こしてくれる。頭痛がしてくると郡是は眉根を寄せた。
 
 帰路を踏み鳴らすように歩き、苛立ちを霧散させようとしていると元凶の姿を発見する。

 郡是は口元を引き攣らせた。輩の手には純白の花束が。どう見ても見舞いの花ではない。
 小さく可愛らしい白の花を腕に抱え、輩は早足で何処かへと向かっている。まさか仕事を放り出してプライベートに勤しんでいるわけではなかろうな。仕事熱心な千羽がそのようなことをするわけないだろうが、そうだとしたらどうしてくれようか。
 
 見る見る小さくなる千羽の背を追い駆ける。
 
 すぐさま部下を回収しても良かったのだが、一応何処に向かっているのか見届けようと思ったのだ。もしも女が輩の前に現れたら、花束を手渡ししたら、その場で制裁を下してやろう。物騒な念を抱きながら郡是は部下に気付かれぬよう後を追う。
 
 予想に反し、部下は街から外れた墓地に足を運んだ。
 
 等間隔に並べられた墓標を荒らさぬよう静かに通り過ぎ、部下はひとつの墓標の前に立った。
 真新しい墓標の前に立つと持っていた花束をそっと置く。「俺が来るってのもおかしいけど勘弁しろよ」失笑を零す千羽に、木の陰に隠れていた郡是はスーッと目を細めた。彼が語りかけている墓標は先日作られたばかりの墓標。罪を犯したセントエルフの墓だった。

 今まで遺体は西総合病院の霊安室に置かれていたのだが、先日葬儀屋により埋葬されたのだ。葬儀すらされなかった遺体は、葬儀屋の手で納棺され埋葬されたと情報が入っている。確かその情報が舞い込んできたのは昨晩だった。

 片膝立て、墓標の前に佇む千羽は苦し紛れに笑声を漏らす。


「誰も来ないよりは退屈しないだろ。ご両親は見つかってないし、魔界人の友人が此処に来られるわけない。聖界人の友人はお前の死を知らない。知ることさえ赦されない。だからってお前の命を奪った俺が来るってのも変だろうけど…、誰かに忘れられてしまうより随分マシだと思わないか? きっと俺は生涯、お前のことを忘れられない」

 
 なあ、ジェラール・アニエス。
 
 お前が死に際に放った言の葉が今も俺の胸に突き刺さってる。
 どうしてお前が死を選ばなきゃいけなかったのか、どうしてお前は生を捨てたのか、今でも俺には理解はできない。
 
 だけどお前の言う『聖界の現状』の意味、理不尽な差別の意味、少しは分かったような気がする。異例子やその家族、カタテンって呼ばれた坊主に出逢ってお前の言った言葉の意味がカケラ程度だけど分かったような気がする。
 色んな噂が飛び交っている異例子だけど、あいつ、意外と普通だった。カタテンって呼ばれてる坊主も右翼がないだけで普通だった。普通なのにあいつ等は周囲から区別されてるんだよな。差別されてるんだよな。

 俺は周囲の声に流されやすい性格だから、奴等の上辺ばっかり見ていたよ。
 
  
「俺はなんのために今、聖保安部隊にいるのか…、なんのために正義を振り翳しているのか分からなくなってる。俺は事故であってもお前の命を奪った。そんな奴がなんでまだ聖保安部隊にいるんだろうな」
  
 
 失笑を漏らし千羽は咎人だったセントエルフに祈りを捧げていた。セントエルフのために祈ることならば今の自分でも赦されるだろ、と死者に語りかけながら。近状を死者に教えてやりながら。

 「一時間も花選びに掛かっちまった」本当はすぐに選んで此処を訪れて職場に行くつもりだったのだ。
 けれど気付けばずるずると時間だけが経ってしまっていた。午後は上司の鬼説教が待っているに違いない。苦笑する副隊長はセントエルフにただひたすら祈りを捧げていた。ただひたすら語りかけていた。
  
 
 郡是は軽く目を伏せ、その場から離れることにした。
 見てはいけない光景を見てしまった。きっと彼は、今の光景を誰にも見られたくないだろう。彼のためにも黙って去ってやるべきなのだ。懺悔交じりの語りを、祈りを、弱音を、千羽はきっと誰にも見られたくない筈だ。

 「手加減はしてやるか」彼の無断欠勤の理由を知ってしまった郡是はポツリと独り言を漏らした。それは閑寂な墓地の空気へと溶け込んでいった。





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あきゅろす。
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