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04-18


 


「どうしてっ、家族だって…、弟だってっ…、悪くないって…、言ってくれるんだよっ。っ…お人好し」

 
  
 とんでもないお人好しだ、盛大に悪態を付いた菜月は何度もローブの袖で目を擦った。
 しゃくり上げ、嗚咽を漏らす幼い子供を目に映した螺月は、静かに椅子から腰を浮かせ、愚図っている弟の前に立つ。そしてクシャリと頭に手を置き、「バーカ」お人好しでこんなことするか、わっしゃわしゃと相手の頭を撫でる。
 
 一層体を震わせた菜月は、走馬灯のように過去の記憶を巡らせる。
 嫌われていたあの頃から、対峙していた最近の記憶、そして助けに来てくれた兄姉の姿。守ってくれようとしてくれた兄姉が今の二人の姿、哀れみも同情も罪悪もない、ただただ家族として見てくれている二人の姿に胸が熱くなった。


「てめぇは何も悪くない。ないんだよ」
 

 ―…陳腐でありきたり、綺麗事とも取れる一言に救われた気がした。
 傷付くこと承知の上でいつも自分とぶつかってきてくれた兄姉、自分を助けに駆けつけてくれた兄姉の言葉が今なら素直に受け止められる。自分は生まれてきても良かった存在なのだ。 
   
 嗚呼、泣くものか、絶対に泣くものか。風花との別れを境に泣かないと決めたのだ。泣くものか。悲しくても、嬉しくても、泣くものか。
 自分に言い聞かせ、必死に涙を堪え、菜月は兄のローブを握り締めた。そして相手の体に顔を押し付ける。二、三粒、目から何かが零れたがそれは目にゴミが入っただけだ。感情によって震える体は単に部屋が寒いからだ。寒いから体が震えているのだ。辻褄の合わない言い訳を並べ菜月は声を噛み殺してローブに顔を埋めた。



 螺月は初めて甘えてくる弟に驚きを見せていたが、微笑を零して「本当だぞ」ポンポンと頭に手を置いた。

「さっき俺は言ったよな。周りの奴等と同じ道は歩けねぇって。俺等は姉弟じゃねえ。三姉弟だ。てめぇがいないと姉弟が揃ったなんざ言えねぇんだ…ってな。てめぇは俺等にとって必要な家族だよ」
  
 返事はない。けれどローブを握り締める手の強さが増した。

 今なら、感情を押し殺す弟の気持ちが手に取るように分かる。何故だろうか。今、何となく弟の気持ちが分かる。弟がすべての心情を語ったわけではない。なのに、何となく分かるのだ。幼い頃からずっと恐怖と闘ってきた菜月の心情が、何となく。
 これが柚蘭の言っていた「何となく下の子の気持ちが分かる」ということなのだろうか。上の立場にいる姉の気持ちはこんな感じなのだろうか。感情を押し殺している弟に目を落とし、何度も弟に悪くないと言ってやる。弟は悪くない、何も悪くないのだと。
 

「これからは私達、いつも一緒よ」
 
 
 誰から言われようともいつも一緒だと、柚蘭は背後から末弟の両肩に手を置いた。
 
 
「周りがどう言っても私達は家族よ。ふふっ、私達って周りから見たら化け物兄弟ね。父上曰く新種族らしいから。菜月は人間であり人間じゃない。私達は天使であり天使じゃない。でも独りじゃないわ。三人一緒だもの。同じ血が流れてる。異例子って呼ばれる子供達、実はひとりじゃなくて、三人もいるのよ。菜月」

「柚蘭の言うとおり、異例子っつーのは実は三人もいる。笑い話だな」

 
 おどけ口調で語り部に立ってみるが、末弟は体を震わせるばかり。
 分かってる、悲しいから気持ちを抑えているんじゃない。嬉しいから気持ちを抑えているんじゃない。今の今まで溜まっていた不安をぶちまけようとして、だけどなかなかできなくて、結局気持ちを抑えているのだ。
 
 「二人とも愛してるわ」無垢な気持ちを告げ、柚蘭は背伸びしてまず弟の額に、次いで屈んで末弟の頭に(菜月が顔を隠しているため額にはできなかった)、各々口付けをする。倣って螺月も姉の額、次いで末弟の頭に口付けして、「少しずつ前に進もうな」未来への決意を口ずさむ。

 すると菜月がようやく顔を上げ、涙目のまま、ちょっとだけへの字の口を作ってポツリ。


「ねえ…、今の、俺もしないといけない系? …、日本じゃそういう…、の、なかったんだけど。あ、じいさまにはしてもらったことあるけど…、人間界のとある場所ではそういう習慣もあったけど…、聖界って…、キスする習慣あったっけ?」

「俺もガキの頃は逃げてたけどな。今は慣れた、てか慣れねぇとおかしい」

「その内菜月もできるわ。聖界じゃ皆普通にしてるし」

 
 「慣れるかなぁ」不慣れな習慣に苦言する菜月。
 二人はそれを見て笑声を漏らした。聖界の習慣なんて後でどうにでもなるもの。今は自分達の気持ちを知ってもらえればいい。大事な家族の一員だと知ってくれていれば、それでいい。いいのだ。




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あきゅろす。
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