これは完結していないお話
これは小さなお話です―。
二十年前、聖界を揺るがす事件がありました。
その日、生の祝福を享けた子供が元気な産声を上げながらこの地に誕生しました。喜ばしい出来事です。周囲から温かな祝福を貰う筈でした。
しかし生まれてきた子供に周囲は騒然。子供は天使から産まれたにも拘らず人間という種族で姿を現したのです。
天使から産まれた子供は紛れもなく母親の子でした。
異質な形で生まれた子供に周囲は怖じ、誕生したその日が人間界のクリスマスイブ(聖なる夜)ということもあり、皮肉を込めて子供にこう名を付けました。
異例子(いれいご)、と。
子供はすくすくと成長し、物心が付いてきました。
その頃から子供は周囲から嫌われてる、疎まれている、気味悪がられているのだと自覚がありました。
幼い子供は一生懸命考えました。
せめて忌み嫌ってくる家族にだけでも愛されたい。
祖父からは愛情を注がれていたのですが、大好きな祖父は忙しい身の上。なかなか自分のところを訪れられません。
常日頃から共に暮らしているのは母兄姉。
子供は思いました。
母親に抱き締められたい。兄姉と仲良く遊んでみたい。どうすれば良いのだろう。
子供は考えました。
幼い頭で一生懸命考えを出してみました。
やがて子供は閃きます。家族の望む良い子になろうと。うんと良い子になり、彼等に家族として認めてもらおう、と。
子供は魔力が無かったために魔法が使えませんでした。
武術も魔法の使えない天使達と比べれば取るに足らないもの。
そこで子供は知識人になろうと思い立ちます。豊富な知識をちっぽけな脳みそにいっぱいいっぱい詰め込む。
すると母も兄姉も自分を見直してくれるのではないか。子供は淡い夢を抱きました。
思い立ったその日から子供は部屋に閉じこもり猛勉強。
一切の感情を封じ、家族に疎ましく思われないよう努力もしました。家族として認めてもらえるその日までは極力顔を合わせないようにしました。
しかし時に同居している家族と顔を合わせてしまい、彼等に不快な思いをさせることがありました。
その度に子供は大きな罪悪感と反省の念を抱きました夕暮れの刻に顔を合わせるならまだ救いはあったのですが、朝の刻に顔を合わせてしまったのならば、丸一日申し訳ないことをしたと苛んでしまいます。隠れて泣いてしまうこともありました。
それでも子供は努力をしました。いつか家族に愛される日まで。
けれども現実は無情でした。
子供は沢山の努力も報われず母親に捨てられてしまいます。絶望と悲しみに暮れながらも子供は聖界を後にしました。
唯一愛してくれる祖父の元で毎日を過ごしたのです。子供は家族に憎悪を抱き、それまで我慢していた感情を堰切るように祖父に愛情を求めました。
子供は思っておりました。
愛してくれる祖父さえいれば何もいらない。世界に祖父さえいれば生きていける。他人なんていらない。
子供は偏った愛情を抱いてしまったのです。
数十年後、祖父は他界してしまいます。
成長した子供は幼さを残した少年となりましたが、再び訪れた絶望と悲しみに生きる意味を失いました。
おかしなことに祖父を喪った少年の元に絶縁状態にあった聖界に暮らしている兄姉が「一緒に住まないか?」と申し出てきました。
少年は彼等に強い憎悪を抱いていたため、その申し出を一蹴しました。
少年は孤独感を抱きながら一年という月日を過ごします。
何とか生きる目標は見つけたものの、死ぬまで殺伐とした世界の中で孤独に生きていくのだと思っておりました。
転機は突然現れました。
雨の日、少年は路地裏で銀色の悪魔を見つけたのです。
少年は悪魔と出逢い、再び生きる楽しさと喜びを知りました。
新たな愛を覚えました。
家族を愛するとはまた違う、女性を愛することの意味を知ったのです。
悪魔と生きる目標でもあった店を開き、仕事をこなし、その内常連客という名の友人もできました。
少年は幸せでした。友や恋人を作り、それらに囲まれて暮らす。聖界人の彼は魔界人との繋がりを赦されてはいませんでしたが、それさえ忘れるほど少年は幸せでした。
満たされるとはこのことでしょう。
永遠にこの暮らしが続けば良いとさえ思いました。
―…悲しくも、その夢は果敢なく打ち砕かれてしまいます。
少年は悪魔や友人達と悲しい別れを迎えなければなりませんでした。
諦めたくない気持ちはありましたが大好きな悪魔が傷付いてしまいました。少年は悪魔達と決別をし、聖界に帰ってしまいました。
その後、少年はどうなったのでしょう―? どうなっていくのでしょう―?
それは少年自身も分からないことでした―――…。
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