聖界を知り、四天守護家を欺く
* *
本条あかりの日常は“何でも屋”と呼ばれた店の無限休業を契機にがらりと変わってしまった。
一日の学校生活を終え、部活をきっちりこなすと、毎日のように通っていた店を訪れる。
それがあかりの日常だったのだが、店が無限休業になったため通う所が店から家へと変わった。つるんでいる友達と共にバスに乗り込み、静かに揺られ数十分。バス停に降りて目的地の場所へと向かう。辿り着いた場所は吸血鬼の住む洋館。
いつものように門を潜ると庭の手入れをしていたゾンビ達が挨拶をしてきてくれる。それに挨拶を返し、大きな玄関扉を叩けば大きな桃色のリボンを頭に飾ったガイコツのスケルちゃん(♀)が中に招き入れてくれる。
彼女に案内され向かった場所は客間。そこで館主と家に転がり込んでいる友人の登場を待つ。
スケルちゃんの淹れてくれた紅茶を啜り、友達と談笑していると突然カタカタカタ…、とソーサーに置いていたカップやスプーンが小刻みに揺れ始めた。まるで怖じているかのごとく揺れている食器たちに目を落とし、あかりは「また風花さんかな」と独り言を零した。
刹那、屋敷の何処からか爆音が聞こえた。耳がつんざくその音に身を竦め、あかりは友達と顔を合わせる。
暫くの間爆音やら物が壊れる音やら、絶え間なく屋敷内に音が充満。そしてまた時間が経つと音は消える。さらにまた時間が経つと軽快な足音と共に客間の扉が開かれた。
現れたのはシャワーを浴びたばかりの銀色の悪魔。
頭からすっぽりとタオルをかぶっている、その間からは持ち前の銀の髪が見えている。ゴシゴシと髪を拭きながら風花は遊びに来たあかり達に、「よっ」と片手を上げ笑顔で挨拶。四人も挨拶を返し、お疲れ様と座って少し休むよう言った。
遠慮なく風花はあかりの隣に座り、水気の含んだ髪をタオルで取り始める。
「今日も体を動かしてたんですか?」
あかりは風花の髪を梳いてやるためにポケットから折り畳みの櫛を取り出した。「おうよ」風花は元気よく肯定した。
「人間界に来てから修行を怠けてたからさ。すっかり腕が落ちちまった。ちゃーんと取り戻さないと聖界に乗り込めないよ」
魔界にいた頃の戦闘力を取り戻すのだと風花は意気込む。
もう二週間も前の話。風花と館主のネイリーは聖界の不意打ちを喰らい屈辱的な敗北を味わう羽目になった。
それだけでなく、二人の大切な人たちが聖界に帰ってしまった。絶望、挫折、大きな悲しみに襲われた風花だったがそれらを乗り越え、前のような生活を取り戻そうと聖界に行くことを決心。今は聖界に行く手段と平行して魔界にいた頃の武術や魔術のキレを取り戻そうと日々修行に励んでいる。
先程屋敷を満たした爆音その他等は風花の修行のせいだったのだ。
今ではすっかり慣れたが最初は聞き慣れぬ音に驚き、屋敷の厨房がガス爆発でも起こしたのではないかと焦った。どんな修行をしているのか覗いてみたい気持ちはあるが、風花が「危ないから」と近付くことをやんわり拒否してきたため修行の光景を見たことは無い。
風花の髪を櫛で梳いてやりながら、あかりは彼女の腕が生傷だらけだということに気付く。あかりは隣に座っていた手毬にスケルちゃんから救急箱を持ってきてもらうよう頼んだ。手毬は承諾し、客間から出て行く。
「べつにいいのに」風花は手当てなどいらないと言うが、「体は大事にしないと」あかりは吐息をついた。
「少しは体を労わってくださいよ。気持ちは分かりますけど」
「だーいじょうぶだって。魔界じゃこんなのしょっちゅうだったし。それに早く力を取り戻して菜月やジェラールに会いに行くつもりなんだ。早く会いに行きたいなぁ。菜月どーしてるかなぁ」
一ヶ月も経っていないけれど、風花にとって恋人(元恋人?)と二週間以上も離れたことが無い。寧ろ三日も離れた事が無い。
そのため風花はいつも寂しいと口にしている。今も「寂しいし!」と口にし、足をバタバタとばたつかせている。子供じみた仕草に微苦笑を零し、「絶対会えますから」と言葉を掛けてやる。「でもさ」唇を尖らせ、風花は脹れ面を作った。
「あたしが見張っとかないと…、あいつ、女に言い寄られるからさ。超不安なんだけど」
「またまた。風花さんは考え過ぎですって」
「例えばさ、菜月が聖界に帰ってよ? 周囲から疎ましいと思われながらもひとりの女天使が菜月に声を掛けちゃってさ。そのうち仲良くなってさ。そしてさ」
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