06-19
「はああ。さすがに面に出し過ぎたか?」
ところかわって。
晴天は流聖と共にアパート裏にある花壇の縁に腰を掛けていた。
膝に頬杖をつく晴天の口から出てくるのは、深い深いため息。
勢い任せに態度で主張してしまったが、先走ってしまった気がしてならない。
さすがの鈍ちゃん異例子も、晴天の本気に気づいてくれていると思うのだが、少々押し過ぎただろうか。
しかし、これくらいしないと菜月はちっともこっちを向いてくれないので、面を出したことに悔いはない。もう少し慎重になるべきだったかもしれないが……。
「これで避けられる、なんて事態になったら、さすがにへこむぜ」
あれこれ起こりえる不安を想像していると、隣に座る流聖がじっと晴天を見つめた。
「晴天お兄ちゃん。どうして落ち込んでいるの?」
「ちょっとな」
「菜月お兄ちゃんのこと?」
子どもながら鋭い。
曖昧に笑う晴天は「お兄ちゃんはな。菜月お兄ちゃんが大好きなんだ」と言って、流聖に正直話す。
流聖が指摘したとおり、晴天は異例子のこと鬼夜菜月を真剣に想っている。
責任を取らなければならない騒動を起こしてから半年間、異例子を監視、見守り、傍にいたことで、己の気持ちが本気になっていった。否、本気になったのは菜月が病を患って、誰かと情を通わせなければならなくなったあの日から。我が身可愛さを優先するばかり、晴天は鬼夜螺月のような行動を起こせなかった。
それが悔しくて情けなくて嫉妬してしまって、こんな自分を打破したいと真剣に考えるようになった。
鬼夜螺月に勝負を頼み込んだのもそうだし、がむしゃらに武の勲章を取り始めたのもそう。
水面下で一の民に調べて、その暮らし、差別されている状況を調べ始めたのも、異例子をもっと知るため。
いつかは自分で隊を持ちたいとも思ったし、一の民を守る聖保安部隊を目指すのも悪くないと考えたし、なにより強くなりたい、頼れる存在になりたいと悩むようになった。
もっと自分に力があれば、それこそ鬼夜螺月のように頼れる存在になったら、菜月は自分を見てくれるやもしれない。
思いの丈は日々強くなるばかりだった。
それが空回ることも多々あった。
最近で言えば晩餐会、鬼夜遊佐月に誘われる光景に我を忘れそうになった。いとも簡単に口づけまでしたあの男を、晴天は一生許せないだろう。
ああ、ここまで晴天は異例子に想いを寄せるようになってしまった。
仕方がないではないか。菜月微笑みが、レラーンズを作る横顔が、自分の好きな物を楽しそうに聞いてくれる姿が、すべてが晴天の心に刺さるのだから。
ただ。
「態度で好きって伝えていたのは、ちょっと失敗だったかもな」
「ぼくだったらうれしいよ?」
子どもは好きなことは嬉しいことだよ、と笑った。
好きと言われたらとても嬉しい、と無邪気に笑う流聖の無垢な心に頬を緩めると、頭を軽く撫でる。
「俺も好きと言われたら嬉しいよ。だけど、菜月お兄ちゃんはそうじゃないかもしれない」
「そんなことないよ。菜月お兄ちゃんだって嬉しいよ」
「……どうかな。菜月お兄ちゃんの心は悪魔にあるから、困るんじゃないかな」
菜月が悪魔を想っているのは、誰の目から見ても明らかであった。
周りがどんなに罪だと言っても、異例子は悪魔を想い続けるだろう。想うのは自由だ。
それを罪だと、周囲がとやかく言うのは筋違い。分かっている。分かっているのだが、晴天は二度と会えない悪魔を想う菜月を見ていて切なくなる。どう足掻いてもつけ入る隙がないのだ。それだけ悪魔との日々が濃厚だったのだろが……。
気落ちする晴天に対し、流聖はそんなことないと二度目の否定をして、へらりと笑う。
「菜月お兄ちゃんもね。晴天お兄ちゃんとおんなじだよ」
「おんなじ?」
「うん、晴天お兄ちゃんを見る目が優しいよ」
それこそ、どの聖保安部隊よりも優しい目をしている、と流聖。
「今日のお菓子だって、晴天お兄ちゃんが大好きだから作るって言ってた。美味しそうに食べてくれるから嬉しいって。他のお兄ちゃん達が来る時はお菓子を作らないのに、晴天お兄ちゃんの時は作るんだよ。それって大好きなんだと思う」
大好きじゃなければ、お菓子なんて作らない、子どもは笑う。
確かにそうだ。
晴天が専属監視役として訪れる日は、なにかとお菓子を作ったり、昼食を作ったり、軽食を作ったり……とにかく菜月は手料理を晴天に振る舞うことが多い。対照的に他の聖保安部隊には殆どそれをしないようで、異例子の手料理を食べた話をしたら、同僚から「いつも飯を振る舞われてるのか?」と驚かれた――自惚れていいのだろうか。
頬を掻いて、ぼんやりと宙を見つめていると、流聖は言葉を重ねた。菜月お兄ちゃんも大好きなんだと思うよ、と。
「晴天お兄ちゃんといっしょにいる時、菜月お兄ちゃんはいっぱい笑っている。すごく楽しそうにしている。ぼくお傍で見ているから分かるんだ。菜月お兄ちゃんは晴天お兄ちゃんをよく見ている。ずっといっしょにいてほしいんだよ」
ふと脳裏に過ぎる。
晩餐会で伝えられた、菜月の言葉を。
『俺も晴天さんのように、つよくて明るい人になれたらいいな、と思います。この身分が許されるなら、ずっと傍にいてほしいと思えるほど』
あれは。
あれは……。
あれは菜月の本心ではないだろうか。
なにかと異例子だの、身分だの、化け物だの、それを口にして他人と距離を置く菜月の心が、晴天に向けられていたのだとしたら、今ほど嬉しいことはない。
「だけど、もしも晴天お兄ちゃんに『大好き』って言われて菜月お兄ちゃんが困っちゃうなら……晴天お兄ちゃんに嫌な思いさせたくないんじゃないかな」
「嫌な思い?」
「たとえば、ぼくはカタテンでしょう? ……翼が片方しかないせいで、叔父さん叔母さんに嫌な思いをさせちゃったんだ。みんなから悪口を言われるようになって」
嫌な思いをさせたら最後、その人たちから嫌われてしまう。
幼子ながら流聖はそれを経験している。
似た境遇を持っている菜月も、きっと晴天に嫌われたくないのではないか、と子どもは言った。
好きと言ってもらって嬉しいけれど、想いを返せば、晴天に嫌な思いをさせるかもしれない。傍にいたらいっぱい迷惑を掛けてしまうかもしれない。みんなに悪口を言われるかもしれない。距離を置かれるかもしれない。差別されるやもしれない。それが怖いんじゃないかな、と流聖は眉を下げた。
「菜月お兄ちゃん。悪魔さんを好きになったせいで悪い人になったって言ってたけど、悪魔さんにいっぱい迷惑かけちゃって、悲しい気持ちになったのかも。そんなお顔をしてた」
言い換えれば、誰かを好きになることに対して怯えているのだろう。
晴天はそれに気づき、前向きな気持ちを掴むことができた。
流聖の頭を強めに撫でると、「菜月お兄ちゃんのところに戻ろう」と言いかけて、少しだけ思案。外衣を子どもに着せて、片翼を隠すと、「俺といっしょに市場に行ってくれないか」と流聖を誘った。
翼を隠したことで、流聖は安心したように頷いてくれた。極力、翼を周りの聖界人に見られたくないことは知っていた。
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