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06-18



 ぶるっと頭を振り、流聖は千羽を真っ直ぐ見つめる。

「菜月お兄ちゃんは、ずっと悪いお兄ちゃんのまま?」
「そんなことはないよ。異例子の罪はいつか許される。そうすれば良いお兄ちゃんなるさ」

「許されたら、菜月お兄ちゃんはお外に出られる?」
「ああ、もちろん」

「菜月お兄ちゃんは晴天お兄ちゃんと結婚できる?」
「そりゃあ結婚でき……待て。結婚?」

 かちんと固まる千羽。
 傍で見守っていた晴天はずるっと頬杖を崩し、聞き手に回っていた鳥羽瀬と七蓮は無言で赤面する菜月に視線を投げた。

 もちろん菜月は結婚の「け」も言ったことがない。ほんとうである。うそではない。
 突然の発言にみながみな反応できずにいる中、早々に我に返った千羽が「結婚って?」と優しく尋ねた。流聖は晴天が言っていた、と指さす。

「晴天お兄ちゃんが教えてくれたの。セキニンを取らないといけないから、いつか菜月お兄ちゃんと結婚するんだって」

「ゲッ、流聖。その話は」
「……おいおい。流聖に話したのかよ。それ」
「……俺は結婚を承諾した記憶がないのに」

 忘れかけていたが菜月と晴天の出逢いはとんでもないものであり、表沙汰にすれば最後、本当に結婚に発展しかねない事態を晴天は起こしている。
 いやはや、あの時は本当に大変だった。特に兄の怒りが……。
 そしてこれから本当に結婚するとなるとひと悶着あるだろう。主に兄と……結婚する気はないけれども。
 シクシクと泣く菜月をよそに、流聖は無邪気に語った。

「セキニンってよく分からないけど、晴天お兄ちゃんが菜月お兄ちゃんのことを大好きなのは分かるよ」
「なっ、は?!」

 これに声をあげたのは晴天である。
 結婚、セキニンの話はしたが、好意の話はまったくしていない様子。
 しかし、子どもはさも当然のように慌てふためく晴天に言うのだ。

「聖保安部隊の中で、晴天お兄ちゃんが一番菜月お兄ちゃんを優しく見ているもの。柚蘭お姉ちゃんや螺月お兄ちゃんとおんなじおめめをしているから、大好きなんだって分かったよ」

 ほんとうに優しい目をしている。
 今日だっていっぱい優しい目をしていた。大好きだと伝える目をしていた。
 そのように子どもが言うものだから、晴天の顔が薄っすらと紅潮。首まで赤く染めるも、呆ける菜月を一瞥すると彼は意味深長に満面の笑みを浮かべ、「流聖がそう言うならそうかもしれないな」と子どもの頭をポンポンと軽く叩いた。
 晴天は言う。自分は言葉よりも先に態度に出てしまう天使なのだと。
 だから、そう、流聖の目はそのように映ってしまうのやもしれない。

「流聖。ちょっと外の空気を吸おう。俺に付き合ってくれ」

 晴天は子どもを抱っこすると、早足で玄関へと向かってしまう。
 言葉を換えれば、さっさと逃げてしまった。
 今日は専属監視役だというのに、任務中に子どもと外出とはこれは如何に。

 なによりも、だ。
 この空気をどうしてくれるのだ!
 はっきりした肯定もしなければ、はっきりとした否定もしなかった晴天を見送った菜月は目を白黒させて、力なく椅子に腰を下ろした。
 鈍感だと言われ続けている菜月でも分かる。
 いまの明らかなアピールだ。態度で好意を訴えるものであった。

 でも、なぜそんなことを。
 責任を取るために? 結婚するために? 罪を償うために?
 チガウ。彼はそれだけの理由のために思わせぶりな態度を取ることはない。
 半年という短い付き合いではあるが、なんとなく晴天望という天使を分かってきた菜月は、ぎこちなく千羽を見上げた。こっちを見下ろしてくる千羽は軽く咳払いをした後、「言ったろう?」と肩を竦める。

「隙を見せていると外堀を埋められていくって。あいつは一度火が点いたら、誰にも止められないんだ」
「……千羽副隊長。晴天さんはまだあの騒動の責任を感じているのでしょうか」
「そう見えるのなら、俺はお前を底知れぬ鈍ちゃんだって言ってやるよ」
 
 嫌味をどうもである。
 菜月は小さく唸り声を漏らすと、「晴天さんは良い天使ですよ」と言って苦く笑った。
 異例子相手にも差別することなく、惜しみない笑顔と優しさを向けてくれる。
 出逢いこそ最悪であったが、彼はいつも菜月を楽しい思いにさせてくれた。外に出られない菜月に、聖界のことをたくさん教えてくれたし、聖保安部隊の訓練の苦楽も語ってくれた。病を患った時も、遊佐月に揶揄された時も、大講堂の三階から落ちた際も彼は菜月を守ってくれた。

 そのようことをされたのだから少なからず、菜月とて思うことはある。あるものの、それで留まる。

 それはやはり菜月の胸に林道風花という悪魔がいるから。彼女と恋した日々は忘れられない。そして末路は彼女を不幸にしてしまった。大けがを負わせたし、つらい涙を流させる結果となってしまった。
 だから菜月は二度と恋をしないと心に誓っている。
 異例子が想った者達はみな不幸になる。その現実をまざまざと見せつけられたのだから。

「異例子。お前は」

「千羽副隊長。異例子は掟を破った悪人であり、人間の皮をかぶった新種族。どんなに時間を掛けて罪を清算しても、それは変わらない事実なんです。なにより俺はその罪を罪だと思っていない」

 悪魔と繋がり、恋をして一緒に過ごした日々は誰にも否定はできない。
 そのような思い抱いているのだから、正義感に溢れた天使とは絶対に釣り合わないし、隣を歩けるような綺麗な存在でもない。
 菜月はきっぱりと断言すると、椅子から立ち上がって薬を取りに自室へ向かう。
 その際、千羽にちゃんと部下の目を覚まさせてほしい、と思いを伝えた。下手な想いを向けるだけ晴天が不幸になる。差別される対象になる。それは菜月としても本意ではない。

「異例子。俺はお前の罪がいつか許されると思っている」

 足が自然と止まる。

「少しは許された先を考えてもいいんじゃないか? 少なくとも、俺の部下は許された先を考えている。異例子だとか、人間だとか、新種族だとか、そんなのあいつの中じゃ二の次、三の次なんだよ。お前個人のことをたぶんあいつは考えているんだと思うぜ?」

 止めていた足を動かし、自室のドアノブを回す。

「――異例子は死ぬまで化け物です。差別される日々の地獄を、晴天さんに味わわせたくありません」

 ゆっくりとドアを閉め、菜月は自分のベッドに腰を掛ける。
 サイドテーブルに置いている薬に手を伸ばすこともなく、頭陀袋からお気に入りの小説を取り出すと、間に挟んでいる写真を取り出した。
 それは『何でも屋』を開いている頃に撮った写真。
 銀色の悪魔、青白い肌を持つ吸血鬼、高校生四名、そして自分……ああ、あの頃が懐かしい。
 指先で悪魔の顔をなぞり、菜月は自嘲した。

「風花は元気でやっているかな」

 どうか異例子という男を忘れて、新しい恋に進んでくれたら、平和に穏やかにしあわせに過ごしてくれたら嬉しい。


 逃げるように自室に入る菜月を見送った千羽は小さく肩を落とし、「難儀だな」と呟いた。
 すっかり傍観者になっている部下達に目を向ければ、これまた難しい顔を作って「あいつ次第でしょうね」「やきもきするとよ」と各々感想を述べた。確かにこればっかりは晴天次第、一方で見守る側のこちらは非常にやきもきする。監視対象と監視役を応援するというのもおかしいが、毎日のように見守っていると情が湧いてくるというもの。
 異例子は罪びとであるが、流聖の疑問が投げた通り、誰かを傷付けるという罪は犯していない。

 ただ魔界人と繋がり、悪魔と関係を持った。好きになった。それだけなのだ。
 刷り込みのように魔界人と繋がることは禁忌だと教えられてきたので、千羽はそれを当たり前のように罪だと思っているが、よくよく考えてみると異例子は誰も傷付けていない。殺めていない。迷惑を掛けていない。
 それでも、罪びととなった。千羽とは大違いなのに、異例子は罪を背負っている。

(異例子の罪はいつか許されるだろうが……異例子の言う通り、晴天が差別される可能性は高い)

 生まれながら差別されてきた菜月は、晴天の将来を案じて、千羽に訴えたのだろう。
 ちゃんと部下の目を覚ませてほしい、と。

 とはいえ、とはいえだ。

「俺が言ってどうにかなる話じゃないだろう。これは晴天と異例子の問題なんだから」

 盛大な悪態をつくと、鳥羽瀬が肩を竦めて笑う。

「だと思いますよ。じつは自分、少し前に晴天に釘を刺したんです。あまり異例子にのめり込まない方が良い、と」

 するとどうだ。
 晴天は鳥羽瀬に向かって「不快になったら俺と距離を取ってくれな」と返事をしたそうな。

 あれは言ったのだ。
 出生とか、種族とか、そういったシガラミで相手を測るのはやめたい。相手個人を見て、物事を判断したい、と。
 変わらず聖保安部隊に身を置く一方で、態度を変えず異例子やその家族に接したいのだと主張した。

 聖界はなにかと「百の民、一の民」の理論を出して百の民を優先するが、一の民にも目を向けたい。
 彼らがどのように差別されて、どのような暮らしを送っているのか、守りべき対象ではないのか、晴天はしかと学びたいらしい。もちろん異例子やカタテンもその対象で、とくべつ異例子には想いを寄せている、と鳥羽瀬に吐露したそうな。

「晴天は良い意味で変わりました。以前であれば、自分の気持ちを隠したり、自分の助言に対して『何のことだ』とはぐらかしを入れていましたが……いまは真っ直ぐ意見してきますよ。覚悟が決まっていると言いますか。遅かれ早かれ異例子も、晴天のあの姿は目にするんじゃないかと」

「螺月殿に勝負をしてほしい、と願い申し出た時からあいつは変わり始めていたよな」

「ええ。真剣なのでしょうね。聖保安部隊に対しても、一の民に対しても、異例子に対しても。おかげで、釘を刺した自分の方が恥ずかしくなってしまいましたよ。晴天ほど正義感を持っていないな、と」

「情に篤いからな。晴天は」
「晴天の場合、気持ちが空回りしないか心配とよ」
「そりゃそうだ」

 だが、晴天の姿勢を千羽は見習いたい、と強く思った。
 異例子に対する姿勢もそうだし、一の民をしかと学び始める姿勢もそうだ。
 そうだ。自分も一の民の暮らしや差別について、しっかりと学ぼう。そして自分にできることを探そう。それがジェラール・アニエスを救えなかった贖罪に繋がるやもしれない。

(聖保安部隊の立場からこんなことを言うのは、お門違いだろが……上手くいってくれると嬉しいよ)

 心から願わずにはいられなかった。




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あきゅろす。
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