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06-12




(ああもう、魔法陣を発動させないつもりがっ)


 さて菜月は嘆いていた。
 五重にも付けられた枷のせいで、思うように魔法陣の書き換えができなかった。
 おまけに枷から流れる気絶の呪いが菜月を襲うものだから、本当にどうしようもない。受け身を取る前に気が遠く。

「――菜月っ!」

「晴天さんっ」

 三階に落ちていく体を追って来たのは晴天だった。
 彼は誰よりも早く菜月の身を追い駆けて来た。
 体に負った火傷なんぞ念頭になく、素早く菜月の右手首を掴むと、胸に抱き込んで思いきり指笛を拭いた。

 それは一階にいる天使たちに危険を知らせるため。
 天を見上げて天使たちは落ちてくる大きな物体に気づき、大慌てで避難した。十分な着地場所ができると、晴天は片手で持ち前の大鎌を召喚し、「間に合えっ!」と言って力の限りそれを薙ぐ。
 小さな渦と風が生まれた。瞬く間に大きな渦と風になったそれの上に乗った千羽は、翼をはためかせ、無理やり落下速度を落としながら宙を回転。菜月を抱えたまま、綺麗に一階に着地することに成功した。
 
 周囲に痛いほどの視線を感じるが、晴天は構わず腕の中でこめかみをさする菜月に声を掛けた。

「おれは……だいじょうぶです。晴天さん。火傷は」
「ひとの心配をしている場合じゃないだろ。魔封の枷をしているくせに、書き換えなんてして無茶して」
「はは、ちょっと見せ場をもらおうと思って。ただ気を抜くと意識が飛びそうです」

 菜月は必死に目をこじ開けるも、目の焦点が合っていない。
 意識はあるものの、気絶の呪いがダイレクトに効いている。
 そのうえ寒さでどうにかなりそうだ。晴天のローブを掴んで身を震わせた。「さむい」と呟けば、抱く腕が強くなる。

「『暖』が足りないんだな。もう少しの辛抱だ。すぐ温めてやるから」
「す、すみません。久しぶりに寒気がひどくて」
「ここしばらく、決まった時間に薬と暖を取っていたもんな」

 晴天は菜月のフードをかぶせてやると、隊に無事であると指笛を鳴らして、長テーブルから飛び下りる。

「おっと、待ちたまえ。その子はここにいてもらわないと困るよ」

 さっさと大講堂から脱したいというのに、晴天の前に現れたのは遊佐月であった。
 どうやら三階から一階まで移動魔法で飛んできたようだ。移動魔法は基本的に聖界の限られた場所でしか使用できないのだが、この男は移動魔法の磁場を計算して使用している様子。
 当たり前のように晴天の前に立ちはだかると、腕の中にいる少年を置いて行くよう命じてきた。
 四天守護家の天使なので言い訳ひとつ述べず、相手に従うのが道理であるが、晴天はできないと断った。

「この子は病を患っています。いますぐ治療が必要なので、貴殿の命でも聞けません」 

「それはこちらが判断するよ――もう一度言う。異例子、鬼夜菜月を渡せ。その子には僕の相手になってもらわなけばならないのだから」

 晴天は素っ頓狂な内容に声を上げそうになった。
 この場で異例子の名前を出すんじゃない。
 それに何を言っているのだこの天使。相手は郡是、千羽、そして自分の三名に決まったではないか。異例子は称号試験に関係ないではないか! なにせこの少年は人間であり、魔力を持たない、ただの四天守護家の一員なのだから。
 そう訴えても遊佐月は首を横に振るばかり。曰く、鬼夜族でも未知数だからこそ手合わせをしたいと反論した。

「鬼夜菜月は天使から生まれた人間。なんの力を持たない奴だと噂されている」

 一方、聖の罰を無効化した奴でもある。
 それが人間界から聖界に戻ってきたのだから、みなの前で実力を披露するべきだ。それが弱かろうと強かろうと、鬼夜族は彼の実力を知るべきだろう。
 だって鬼夜菜月は、なにもかも未知数の少年なのだから。 

「いまは聖保安部隊の保護下にあるようだが、もっと実力のある天使の下に送った方が良いね」
「聖保安部隊が実力不足であると?」

「このような騒動を起こしたんだ。その程度の実力じゃないかい?」

 騒動の発端はお前だろう!
 思わず口から飛び出そうになった悪態を必死に呑み込む。
 下手な行動を起こすな。相手に足を掬われるだけだ。耐えろ。我慢しろ。優先順位を履き違えるな。
 どうも遊佐月は自分が力天使になって、異例子の保護下を自分が受け持とうとしているようだが、まったくもってお笑い種である。保護下にあるのは聖保安部隊ではない。鬼夜菜月の兄姉なのだ。
 こんなところで堂々と異例子のことを宣言してみろ。彼らはすぐに飛んでくる。

「貴殿の命令でも従うことはできません。異例子は我々聖保安部隊の保護下です」
「頭の悪い男だね。君は」

 三つ、四つ、五つと魔法陣が宙に召喚される。
 四天守護家の天使に歯向かったと見なされたのだろう。
 こんなところで無差別に魔法陣を召喚するなんて、本当に力天使候補か? この天使。
 晴天は異例子を抱え直すと大鎌を構えた。「晴天さん。俺を渡してください」と虫の羽音のような声は聞こえない振りをした。

 瞬きと共に魔法陣が一斉に砕け散る。
 あまりの速さに周囲はどよめきと、遊佐月と晴天は言葉を失った。双方の行動によるものではない。これは。


「晩餐会なんざ参加するもんじゃねえな。ろくなことが起きねえ」


 雑踏を掻き分けて、こちらに歩んでくる天使がひとり。
 振り向かずとも肌で感じる不穏な空気は、まぎれもなく不機嫌を通り越した殺気である。
 晴天がゆるりと首を動かすと、そこには思った通り怒れた鬼夜螺月が鬼夜族の天使を押しのけていた。持ち前のエメラルドグリーンの瞳に怒を宿している螺月は、まず晴天に疑問を投げた。

「晴天隊員。ひとつ問う。なぜ弟がここにいる」

 低い声で唸る鬼夜螺月に、晴天は「事情は隊長から聞いてください」と素っ気なく返す。

「とにかく今は菜月の体調が優先してここを脱したい。このままでは菜月が力天使候補の称号試験の相手に選ばれます」
「菜月が?」
「ええ。異例子の実力を計りたいそうで。反対の意は唱えておりますが、自分は聖保安部隊であり一市井の天使。四天守護家の天使に逆らえる立場ではございません。螺月さま、お任せしても?」

「俺を顎で使うなんざ、言い度胸だな。晴天」
「そもそも貴殿が力天使に名乗り出ていれば、聖保安部隊が称号試験の相手として利用されることもなかった。これくらい後始末をしてほしいですよ」

「ざけんな。勝手に弟をここに連れて来やがってっ、何が後始末だ」
「このままだと菜月は遊佐月さまの花になりますよ」
「あぁ?」

「力天使になった暁には花にするそうですよ。どうやら顔がお好みだそうで」
「…………」

「何度でも申し上げます。貴殿が力天使に名乗っていれば、こんなことにはなりませんでした」

「はああ。どいつもこいつもっ、くそったれだなッ!」

 螺月は忌々しそうに吐き捨てると、右手に烈火の槍を召喚して、大きく床を叩いた。
 すると遊佐月と螺月の足もとに青い魔法陣が召喚される。魔術の生む魔法陣ではなく、これは宣戦布告の魔法陣であった。
 鬼夜螺月は鬼夜遊佐月に勝負を挑んだのである。一力天使候補として手合わせをする、と態度で示したのだ。あれほど称号試験を受けたがらなかった『月』所持者の鬼夜螺月が、正式に力天使に立候補したのだから周囲は騒然とした。
 遊佐月自身もまさか螺月が名乗ると思わなかったようで、嫌味ったらしい笑みを浮かべたまま固まっている。

「鬼夜螺月。正気かい?」
「正気も正気だ。メンドクセェことしやがって」
「力天使になれば、異例子の保護が回ってくる。君に何の利点があるんだい?」

「テメェが俺達の仲をどこまで知っているか知るつもりもねえが――ひとつ言っておく。俺は一切手加減ができねえ。弟に手ぇ出そうとしたのなら尚更だ」

 烈火の槍に纏う炎が一層燃え盛り、螺月の纏う魔力が最高潮に達した。
 それはそれは並の四天守護家の天使が纏うには大きすぎる魔力であった。『月』所持者だからこその魔力であった。


「鬼夜遊佐月。終わったな」
「完全に螺月さまの逆鱗に触れましたからね」

「いい気味とよ。病院送りにしてやるとよ、鬼夜螺月!」

「ばかなこと言ってないで、早いところ晴天と合流するぞ」
「どうせあとで怒れた鬼夜螺月の相手を聖保安部隊がするのだ。覚悟しておかねばな」

「あ、待ってください。千羽副隊長。郡是隊長。せめて勝負は見届けましょうよ」

 三階から一階の様子を見守っていた聖保安部隊は、どことなく晴れやかな顔をしていた。




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