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06-11



 途端に遊佐月は大笑い。
 血相を変えた千羽が、チガウチガウと首を振り、「花は植物のことじゃないんだ」と、異例子に諭した。
 きょとんとする異例子は植物以外の花なんてあるのか、と聞き返してくるので、この世間知らずは……と思わず悪態をついてしまう。

「だからお前は鈍ちゃんと言われるんだぞ。今のは聖界の決まり文句だ」
「決まり文句と言われましても、俺は13年間人間界で暮らしていたんですよ? 知らないことの方が多いんですけど」

「いまのはだな。お前が返事にオーケーを出したら、螺月殿が怒り心頭に発して、以前の晴天が起こした騒動のようになる」

 ようやっと少年は花が隠語になっていることを理解する。
 兄の怒り、晴天の起こした騒動を引き合いに答えを導きだした異例子は、小声で肌を見せる行為であっているか、と千羽に耳打ちをした。
 無言で異例子を見つめ続けると、大正解なのだと察した少年がぎこちなくへらっと笑う。

「俺は異例子です。人間ですし、天使と身分があまりにも違います」
「それだけを理由に避けるのは勿体無い容姿をしているからね」 
「そういうのはやったことがないので」

「処女かい? 大歓迎だよ」

 驚くほど下品な返事である。デリカシーもくそもない。
 純粋無垢な少年も処女の意味は分かっているのか、笑顔を作ったままドン引きしている。掴まれている腕を振り払おうと躍起になっている。

 一方で機嫌が急降下している部下がひとり。
 それこそ七簾以上に不機嫌になっているのは、異例子に想いを寄せている晴天望隊員。
 そりゃあ、片思いしている相手のお誘いを目にして冷静でいろ、という方が無理だろうが……。

「自分、手加減無理かもしれません」

 小声でそのようなことを言うものだから、千羽は頭痛を覚えた。
 さて、どうしたものか。接待試合を貫かなければ、今後の晴天の立場が危うくなる。
 苦い顔を作る千羽がちらりと晴天を見やれば、殺気立つ部下がそこにいた。あれほど遊佐月を嫌悪していた七簾が宥める役に回っているのだから緊急事態である。
 何事だと視線を異例子に戻すと、ああ、そこには少年の顎を掴んで唇を重ねる遊佐月の姿……唇を重ねる? は?

「ちょ、な、はい?」

 どういう流れでそうなる。
 素っ頓狂な声を上げる千羽をよそに、「初心だね」と「それに冷たい」と言って己の口端を舐める遊佐月は、固まっている異例子にますます気に入った、と鼻で笑う。

「な、なにするんですか!」

 被害者といえば、我に返るや否や「初対面ですることじゃないですからね!」と半狂乱になって、遊佐月の胸を拳で叩いた。
 異例子相手に何をしているんだ。正気か。ばかなのか。天使が人間に手を出すなんて正気の沙汰ではない等など、異例子なりの暴言を吐いていた。が、遊佐月は諸共せずに笑うばかり。
 かの鬼夜柚蘭、鬼夜螺月の弟とは思えない反応だとご機嫌に語る。

「君の兄姉はどちらも近寄りがたいだの、気難しいだの言われていて、手を出しにくい天使なんだけど。君はいいね、とても手が出しやすい。反応も悪くないね」

 いやいやいや、あのふたりに手を出そうとしていたのか。
 千羽は普段の兄姉を知っているがゆえに、こいつはばかなのか、と息を呑んでしまう。命知らずにもほどがあるのだが。
 遊佐月自身、異例子の兄姉の容姿も気になっているし、性格に難がなければ、花にしてもいいと思っているらしい。が、手駒にするのは難しいので諦めているとのこと。
 その点、異例子は扱いやすい。今宵、花にして育てたいと口ずさんだ。なんだこの天使。根っからの色欲魔ではないか。

(こいつ重症だな)
 
 理解しがたい。理解しようと思わないが。

「すまないが、異例子は聖保安部隊の保護下だ。許可のない者は接触を禁じられている」

 さっと双方の間に割って入ったのは郡是であった。
 我らが隊長は遊佐月の手から異例子の腕を解放させると、「これは菊代さまの命だ」と告げ、いくら四天守護家の天使といえど異例子の接触は許さないと釘を刺した。
 族長の名を出せば遊佐月といえど手は出せないようで、つまらなさそうに鼻を鳴らす。

「つまるところ、力天使になれば君達にとやかく言われることもなくなるんだね。力天使と聖保安部隊は密接に関係しているわけだし」

「あくまで我々は族長の命に従っているまで。個人の私生活に口を出すつもりはない。しかしながら、ひとつ進言させていただく。貴殿の言動は目に余る。慎重になられた方が良い」

「おやおや、鬼隊長と呼ばれた天使が異例子の肩を持つと?」
「中立な立場として進言しているだけだ。勘違いしてもらっては困る」
「異例子は天使になり損ないの、ただの人間なんだ。奉仕くらいしてもいいんじゃないかい?」

 それくらいしか取り柄がないだろう? 化け物くん。
 痛烈な嫌味を吐き捨てたことで、晴天が半歩前に出た。

「さっきから聞いていればっ、四天守護家の天使さまがご大層なことばかり仰る。あんたの性格の良さがにじみ出ているよ」

「晴天。だめだ。落ち着け」
「離せ鳥羽瀬。俺はッ、もう我慢ができないっ」
「気持ちは分かると。けんど、相手は四天守護家の天使とよ」

 晴天の堪忍袋の緒が切れかけているようだ。七簾と鳥羽瀬が必死に抑えているが、大鎌を召喚しようとしている。

 頼む。堪えてほしい。四天守護家の天使に手を出せば、九割九分九厘こちらが加害者になる。
 刹那、遊佐月が口角を持ち上げた。彼は手早く晴天、鳥羽瀬、七簾に向かって魔法陣を召喚すると、荒れ狂う風を呼び出して三者の鳩尾にそれをお見舞いする。

 突然のことに部下たちは反応に遅れるも、さすがは聖保安部隊隊員。それぞれ受け身を取って退避していた。
 それに追撃するように魔法陣を召喚した遊佐月は炎を呼び出す。いち早く事態に気づいた晴天は鳥羽瀬と七簾を突き飛ばした。直後、晴天自身は炎の衝撃波にあたり、ひとり壁に衝突する。

「晴天さんっ!」

 異例子が血相を変えて柱の陰から飛び出す。
 見計らったように遊佐月が異例子の腕を掴むと、「身の程を知りなよ」と言って、少年を引きずったまま颯爽と歩き出す。
 いまのはさすがにいただけない。千羽は郡是と共に遊佐月の前に回り、何の真似だと尋ねた。

「部下たちに手を出した振る舞いについて理由をお尋ねしたい」
「四天守護家の天使だから、と言っておくべきだろうか」
「では質問を変えよう。異例子をどこに連れて行くつもりだ。申し上げたはず、鬼夜菜月は聖保安部隊の保護下にいると」
「悪いようにはしないさ。安心してくれよ」

 そういう問題ではない。
 千羽が食い下がるも、遊佐月の微笑みは深まるばかり。

「少し僕の相手になってもらうだけさ――彼を称号試験の最初の相手に選ぶよ」

 それに何を言っているのだこの天使。
 相手は郡是、晴天、そして自分の三名に決まったではないか。異例子は称号試験に関係ないはず! なにせこの少年は人間であり、魔力を持たない、ただの四天守護家の一員なのだから。
 そう訴えても遊佐月は首を横に振るばかり。曰く、鬼夜族でも未知数だからこそ手合わせをしたいと反論した。

 鬼夜菜月は天使から生まれた人間。なんの力を持たない奴だと噂されている。
 一方、聖の罰を無効化した奴でもある。それが人間界から聖界に戻ってきたのだから、みなの前で実力を披露するべきだ。それが弱かろうと強かろうと、鬼夜族は彼の実力を知るべきだろう。

「悪名高い化け物を打ち負かしたら最高の試験になると思わないかい?」

 異例子の忌まわしき存在を撃った、その時の自分を想像しているのだろう。
 遊佐月は恍惚に語った。

 この天使は称号試験を寸劇か何かと勘違いしていないだろうか。
 確かに異例子は悪名高い。鬼夜族にとって異例子の実力は計り知れないだろうが、いまの異例子は魔封の枷を何重にも付けている。
 魔法なんぞ露ほど使えないし、表向き人間として認知している。
 力天使候補の天使に敵うはずがないと容易に想像ができるではないか。なのに、敢えて異例子を相手に選ぶなんて、おおよそ自己陶酔だけだ。本当に嫌になる。これが四天守護家の天使なんて。

「我々は鬼夜菊代さまの命を受けて任務にあたっている。いくら四天守護家の天使でも、任務に反する事態が起きれば、我々は任務遂行のために武器を抜くまでだ」

 感情的になる千羽とは対照的に、郡是はどこまでも冷静だった。
 鬼隊長と呼ばれた天使は四天守護家の天使を見据えると、顔色ひとつ変えずに、バスターソードを手中に召喚する。
 この騒動の責は自分が取る、と言い切ったことで千羽もクレイモアを召喚した。

 なおも笑みを崩さない遊佐月は軽く指を鳴らした。

「所詮、君達は市井の天使だよ」

 瞬く間に召喚された魔法陣のルーン文字が臙脂に染まり、それは郡是と千羽の前で爆ぜた。
 素早く退避した聖保安部隊を呑み込むために熱風を呼び、それを膨張させ、音もなく爆ぜ――ルーン文字の配置がずれていく。
 犯人は言わずも、異例子のこと鬼夜菜月であった。彼は魔封の枷を諸共せず、ルーン文字の配置を微妙にずらした。遊佐月は気づかず、それを発動させた。

「待て異例子っ、そんなことをしたら」

 するとどうだ。千羽の制止は、そして魔法陣は遊佐月と菜月を呑み込んで爆ぜた。
 発動者の遊佐月はその場に屈んで耐えたが、まったく戦慣れをしていない菜月は木の葉のように身が飛んだ。
 受け身も構えも分からず、爆風に呑まれた身は容易に手すりを越えて、そのまま重力に従って落ちる。ここは三階、一階には大勢の鬼夜族の天使が蠢いている。落ちては誰かにぶつかる、ぶつかって大事故になってしまう!




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