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06-07



「これがお前を取り巻く四天守護家の全貌なんだが、七簾の言う通り、地位にそぐわない腕前の天使も多い。七簾が不満を抱くのも仕方がないんだ。いわば、口だけ坊ちゃんお嬢ちゃんが多いってことだ」

「例えば、郡是隊長はとてもお強いと思うのですが、全然足元にも及ばない鬼夜族の方が地位が上って天使もいるってことですよね?」

「おるおる! 異例子、よう聞いてくれたとよ。鬼夜 遊佐月(ゆさづき)がまさにそうとよっ。あいつはいっとう腹が立つ。オイラは異例子の方がずっとマシと思うとよ」

「おいおい、七簾……いま隊長から注意を受けたばかりだろ。落ち着けよ」

 ふん、鼻を鳴らす七簾はあいつはいっちょん好かんとそっぽを向いた。
 晴天は子どもかよ、と肩を落とすも、鬼夜 遊佐月を擁護する様子は見られない。
 一体全体どういう天使なのか、と尋ねると「口が達者。色欲魔。高飛車。弱い。腹が立つ」と五点セットが飛んできた。ずいぶんな言われようである。
 ちらりと郡是と千羽に目を向けると、ちっとも庇おうとしない。態度で肯定している。
 それどころか千羽が吐息をつき、嫌だな、と呟いた。

「今日の称号試験。確か力天使候補に鬼夜遊佐月がいたから、たぶん称号を取るだろうな」

 そうすれば聖保安部隊は直接かかわることが多くなるだろう、と千羽。
 血相を変える七簾は「ほ、他にいないとです?」と声を震わせた。
 即答で「いない」と千羽は答え、おおよそ力天使は遊佐月が取るだろうと返事する。

 力天使はより優れた武の天使に与えられる称号で、それなりに遊佐月は強いらしいが、正直聖保安部隊の足元には及ばないとのこと。
 それでも力天使の称号を得たら、聖保安部隊と連携して仕事をすることも多くなるらしく、千羽はそれが気鬱で仕方ない、と吐露した。

「遊佐月殿は自尊心が高く、親善試合ですら四天守護家ではない天使には必ず負けるよう命じる方。だから聖保安部隊ではあまり好かれていないんだ。実際それで郡是隊長は負けたのが、本当に悲しかったです。自分」

 それはあんまりな話である。
 菜月はひどいな、と心底思ったが、郡是はべつにどうでもいい、と肩を竦めた。

「所詮、親善試合だ。接待試合だと思えば、腹も立たん。それで喜ぶ方はどうかと思うがな」

「理解はできますが納得はいきませんよ。誰がどう見てもわざと負けたのは見え見えでしたし……螺月殿が力天使候補に挙がっているので、今晩の称号試験に立候補してくれたら良いのですが」

「鬼夜螺月が出れば十中八九、あいつが力天使になるだろう。性格は難癖あるが、実力も十分にある。なにより武術に対する姿勢が鬼夜遊佐月と正反対だ。俺に一切の手加減をするな、と釘を刺してきたのだからな。そういった点では鬼夜螺月と俺は気が合う」

「隊長と螺月殿の親善試合は迫力ありましたよ。見ている方もどちらが勝つか、本当に目が離せませんでした。ああもう、難癖あっても螺月殿の方が百倍マシですよ。鬼夜遊佐月が力天使になると想像するだけで憂鬱になる。胃が痛い」

 ひとつの称号につき、昇格できるのは天使ひとり。
 鬼夜螺月が称号試験に受かれば、しばらくの間、力天使の席はなくなるので鬼夜遊佐月が選ばれることはなくなるとのこと。
 聖保安部隊は『力天使』との親善試合も多いのでここはぜひぜひ、鬼夜螺月が受けてほしいのだが、たぶん今回も無理だろうな、と千羽は落ち込んだ。
 なにせあれは理由をつけて、棄権することが多いのだから。ああ、勿体無い。あんなに実力ある天使なのに。

「螺月殿が力天使に相応しいと誰もが思っているんだけどなぁ」
「難しいだろうな。鬼夜螺月は菊代さまの説得にも応じなかったそうだからな」
「異例子。お前なら説得できるんじゃないか?」
「そう言われましても……」

 菜月は嘆く千羽を一瞥すると、晴天に視線を投げた。
 彼もまた鬼夜遊佐月を苦手としているようで、力天使になってほしくない、と本音を零している。

「晴天さん。力天使はどうやって決めるんですか?」

「力天使の称号試験は力天使候補同士が、一族の前で武術で勝負を行い、勝者が称号を取る仕組みになっている。候補者が多ければ多いほど試合の数は多くなるし、候補者少なければその分試合は少なくなる」

「候補者がいない場合は?」

「勝負する候補者がいない場合は、該当者が族内から腕のある者を三人選んで勝負をする。さすがに勝負をせずに力天使の称号を与えるわけにもいかないからな」

 大講堂三階に辿り着いた菜月は、手すり格子から賑わう一階を覗き込む。

 そこには数多の鬼夜族の天使が集っていた。
 右も左も天使、天使、天使。見たことも無い数の天使が蠢いている。
 それも全員鬼夜族の天使だというのだから信じがたい。どうやらみながみな長テーブルに着いて談笑をしているようだ。並べられた食事を話題に、あれこれ楽しそうに会話している。まだ晩餐会は始まっていない様子。

「はじめてこんな数の天使を見ました」

 隣にいる晴天に笑い掛けると、「あんまり気分は良くないけどな」と彼は苦笑い。
 ちらりと晴天が七簾の方を見たことで意味を察し、菜月はつられて苦笑を零してしまった。

「みんなエリート天使なんですね」
「表向きはな。あの中で本当に腕がある天使たちはひと握りだよ」
「異例子。あそこを見ろ。貴様の姉がいる」
 
 手すりに寄り掛かった郡是が右端の長テーブルを顎でしゃくった。
 菜月がそちらに目を配ると、蠢く天使の中に姉の姿を確認することができた。

 彼女は友人と談笑しているようで、両サイドの若い女性天使と目の前の料理を見ながら頬を緩ませている。
 家では見られない姉の面持ちに菜月は目じりを和らげた。

(良かった)

 姉にも少なからず心許せる友人がいたようだ。
 母や末弟のことばかり気に掛けているから、交流が狭いのではないか、と心配を寄せていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
 と、姉の下に若い男天使が声を掛けているのを目にした。
 誘われているのだろうか。姉は困ったように笑い、遠慮する素振りを見せている。なおも誘われているようで、姉は少しだけね、と言わん素振りで席を立った。大変だな、と思ってしまった。

「あ、向こうに螺月がいる」

 左端の長テーブルの、それも隅の席に座っている兄を見つける。
 親友の朔月といっしょにいるようだが、機嫌がものすごく悪そうである。数人の天使に声を掛けられても無視を決め込み、それらの相手を朔月に押し付けている様子。
 螺月に視線を投げられるだけで、声を掛けた天使たちが逃げ腰になっているので、おおよそ肝試しをしているのだろう。

「ほんとうに肝試しされている……普段の螺月ってあんなに機嫌が悪いんですか?」

 思わず郡是に尋ねる。

「鬼夜螺月は気難しい天使で有名だからな。口を利いてもらえる天使は少ない」
「菜月に見せる螺月さまのお姿の方が珍しいんだぞ」

 そうなのか。
 菜月は晴天の言葉に相づちを打ち、兄に視線を戻す。
 確かに昔、それこそ幼い頃はあのような不機嫌な姿をよく目にしていた記憶があるが、祖父が死んで以降はほとんど目にすることがなくなった。いつだって兄はひたむきに菜月にぶつかってきた。突き放されても、罵声を浴びせても、何をしても菜月の手を握って「弟」だと言ってひとりにしようとしなかった。

 そのような兄を目にし続けていたせいだろう。
 すこぶる不機嫌で気難しい一面を丸出しにする螺月が少々新鮮に思えた。

(あ、やばい)

 兄が顔を上げたので、菜月は急いで身を屈めた。
 螺月は訝しげな顔で辺りを見回していた。ずいぶん距離があるので、おおよそ見つからないと思いたいが、万が一のことがある。せめて晩餐会が終わるまでは兄姉の邪魔をしたくない。




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