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06-02




(リビングキッチンに明かりが点いてる)


 ある真夜中、トイレに行くために自室を出た菜月はリビングキッチンの明かりが点いていることに気づく。
 忍び足でリビングキッチンを覗くと、難しい顔をして書類に目を通している兄の姿があった。
 すでに時計は三時を回っているというのに、書類の束に目を通して羽ペンを走らせていた。菜月を起こさないよう自室ではなく、リビングキッチンで持ち帰った仕事をこなしているようだ。
 ちっとも作業が進まないのだろう。終わらねえとぼやいていた。

 菜月はそっと頬を緩めると用を足した後、自室からブランケットを取ってリビングキッチンに入る。
 途中、姉の部屋から光が漏れていたので、後ほど寄ることにしよう。

「部屋で仕事をしてもらっても構わないのになぁ」

 ブランケットを肩に掛けたところで、螺月が弾かれたようにこちらを見上げてくる。

「菜月。起きたのか? まだ三時だぞ」
「それは俺の台詞だよ。もう三時だよ螺月。寝ないの?」
「俺はいいんだよ。テメェは寝ろ。体を冷やしたら、熱が出ちまうだろうが。リビングキッチンは冷えるんだから」

 自分よりも弟の心配をする兄に微苦笑すると、キッチンに立ち、端に放置していた包丁と芋を手に取った。

「何してるんだよ。菜月」
「お夜食の準備だよ」
「夜食?」
「螺月は夜中に何が食べたくなる? 俺は無性に麺が食べたくなるんだ。お腹すくんだよね、この時間に目が覚めるとさ」
「……そういえば腹減ったなぁ」
「でしょ? お夜食を作るからいっしょに食べよう。体が温まるモノを作るからさ」

 たまの夜食を取っても罰は当たらないだろう、と菜月は兄に向かって振り返る。
 螺月は深く悩んでいた。どうやら弟に夜食を取らせても良いのか悩んでいる様子。兄は自分を子ども扱いすることが多いので、こういったところで変に厳しくなったり、叱ったり、悩んでしまうのである。
 さりとて、菜月がいっしょに食べようとふたたび誘うと、螺月は仕方ないな、と簡単に折れてくれた。空腹も優ったのだろう。

「ククル麺でいい?」
「ああ。頼むよ」

 芋の芽を綺麗に取ると、葉野菜と玉葱を適当にざく切りにして鍋に放った。
 そこに水を入れると、お湯を沸かして沸騰するまで待つ。
 一煮立ちさせたところで、香辛料のブロックを入れた。兄はあまり辛いのが得意ではないから、鳥の煮出し汁の塊でスープの味をまとめる。小鍋でククルの粉で作られた細麺を湯がき、それを器に盛ってスープを注いだら夜食『ククル麺』の完成だ。
 書類を棚に片す螺月の前に器を置くと、姉の部屋に赴いてノックをした。

「菜月。どうしたの、こんな時間に」

 顔を出した柚蘭を手招き、「お夜食を作ったからいっしょに食べよう」と声を掛けて、リビングキッチンに誘い出した。

 三人揃ったところで湯気立っている『ククル麺』をフォークで啜り、熱々のスープを飲む。
 じんわり腸に染みるコンソメ風の野菜スープと、春雨のような麺が絶妙だった。夜中に食べるのにはちょうどいい。

「温かくておいしい。ホッとする味がするわ」
「夜中に食べると、格別においしいよね」
「ふふ。なんだか悪いことをしている気分になるわね」
「それが夜食の魅力だと思うよ。体が冷えてきたところだったし、ククル麺は正解だったよ」

「菜月、まだ鍋に残ってるか?」
「まあ螺月。もう食べちゃったの?」
「器が小せぇからな。飲む勢いで食っちまったよ」

「そう言うと思った。多めに作ったから、まだまだあるよ。待ってて」
「麺多めな」
「はいはい」

 兄から器を受け取り、ククル麺を装って、螺月にそれを渡す。
 螺月は大食漢なので、器五杯分のククル麺を胃におさめていた。
 夜食の量ではないのだが、兄には丁度いい量だったようだ。ぺろりと麺を啜り、ご機嫌にスープを飲み干していた。

「食ったら、仕事なんてどうでも良くなった。出勤ぎりぎりまで寝るかな。どうせ終わらねえんだし」

 満腹になると兄が眠いとこぼす。

「私も。体が温まったら、家に持ち帰ってまで頑張るものじゃない、と思えてきちゃった」
「じゃあ寝ようか」
「ええ。そうしましょう。菜月、ごちそうさま。美味しかったわ」
「そう言ってくれると作った甲斐があったよ」

 少ない会話を交わし、器を片して、軽く口を濯いでおのおの自室へ。
 多くの言葉を語らなかったのは、その必要がなかったからだ。言葉がなくとも居心地が良いと思える関係になっているのだ。自分達は。

 菜月はひとつあくびを噛み締めると、自分のベッドに入って眠りに就く。
 間もなく厚手の毛布を掛けられた。片目を開けると、螺月が厚手の上から薄い毛布を掛けている。
 目が合うとくしゃくしゃと菜月の頭を撫で、「寒いか?」と心配を寄せられた。大丈夫、と言っても良かったが、菜月は少しだけ間を置き、体を壁側に寄せてスペースを作った。

「螺月」

 ぽんぽん、とスペースを叩くと兄は「しょうがねえ奴だな」と笑って隣に寝転んでくれる。

「つめてぇ。やっぱ体冷えてんじゃねえか」
「んー、寒気はないよ」
「寒気はなくても熱は出やすいんだ。ちゃんとあっためとけ」

 体を引き寄せて、温めてくれる螺月に大丈夫、だいじょうぶ、と菜月は笑った。

「螺月がいっしょに寝てくれるから大丈夫だよ。あったかい」
「生意気言いやがって。薬は?」
「飲んだよ」
「薬は俺が管理しているんだ。うそ言ったら分かるぞ」
「……お昼の分、飲み忘れた」
「だろうな。さっきリビングキッチンで確認したから知ってたよ」
「う゛。カマかけるのは卑怯だと思う」
「どっちが悪いんだ? ん?」

「お、お説教は勘弁してほしいなぁ」
「嫌ならちゃんと飲むんだな。テメェはすぐ飲むのサボりやがる」

 休みになったら覚えておけ。
 堂々と説教宣告してくる螺月に苦笑いを零した後、菜月は一つ頷き、螺月に腕の中で身を丸めた。

「おやすみ螺月」

 声を掛けると「おやすみ」と、「寒かったら言えよ」の言葉を投げられた。
 最後まで弟の心配をする兄に微笑むと、またいっしょにお夜食を食べようね、と言って眠りに就いた。嬉しそうにまた作ってくれよ、と言われたような気がしたが、すでに菜月は夢路を歩いていた。




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あきゅろす。
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