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06-06




 夕方になると隊の長である郡是が直々に迎えに来た。


 郡是は菜月に手枷に加え、両足と首に枷を嵌めた。
 魔法陣のルーン文字の書き換えを行える、菜月の力を懸念しての対処であった。
 新種族のことは決して表沙汰にしてはならない。それこそルーン文字の書き換えが表沙汰になってしまえば、未曽有の出来事だと聖界は騒然となる。

 つまるところ念には念を、なのだろう。
 だったら、晩餐会を欠席したいところなのだが、族長はあくまでも異例子を参加させたいようだ。

 ずっしりと重くなった首と両手足の具合を確認していると、郡是から歩けるか、と尋ねられた。
 菜月は足を動かし、なんとか歩けると答え、頭陀袋を郡是に見せた。

「郡是隊長。荷物は持っていけますか? この中にカーディガンとブランケットが入っているので、許可を願いたいのですが」

「基本的に貴様は道具の所持ができない。しかし、荷の中身から『ルーセントの呪病』関連だと理解できる。カーディガンとブランケットはこちらであずかろう」

 具合が悪くなったり、寒くなったら、申し出てほしい、と郡是。
 カーディガンとブランケットは「千羽にあずけておく」と言った後、少し間を置いて「晴天にあずけておく」と言い直した。
 菜月としてはどちらにあずかってもらっても構わないのだが、郡是は思うところがあったらしい。空勲章を取ったのだから、少しは良い思いをさせてやるか、とぼやき、彼を呼んだ。

「晴天。異例子の荷物管理は貴様に任せる。いいな」
「はい、もちろんです。何かあれば自分が対応しますので、お任せを」

 荷物持ちは良い思いではないと思うのだが、指名された晴天は張り切って荷物をあずかっていた。
 そりゃもう訓練時代を語るくらい活き活きとしていた。
 責任を取るために荷物持ちになってくれているのだとしたら、申し訳ない気持ちが優るのだが、晴天は頭陀袋をしっかりと肩に掛けると菜月に他に必要な道具はないか尋ねた。カーディガンとブランケット以外にもあるのであれば、隊長に申し出た方がいい、と助言してくれる。

「ひとまずその2点だけで大丈夫です。ありがとうございます。晴天さん」
「あ、お前。『ユーガイア』はどうしたんだ」
「……あ」
「ほらみろ。ちゃんと確認しておけって。『ユーガイア』は大事な薬だろ。飲み水も無さそうじゃないか」
「うう、必要ですかね」
「病を舐めていると痛い目に遭うのはお前なんだ。取って来てやるから、しっかり持っていけ」

 せかせかとリビングキッチンに赴く晴天は、『ユーガイア』の小瓶を戸棚から取ると、飲み水が入った壷の前に立って皮袋の蓋を開ける。
 専属監視役になっているためか、すっかり場所を把握している晴天は『ユーガイア』と飲み水をテキパキ準備した。
 その様子を見守っていた千羽は苦笑いを零し、菜月に視線を投げた。

「異例子。お前、確実に外堀を埋められているな」
「ええっと……?」
「晴天は一度本気になると、梃子(てこ)でも動かないし譲らない。油断しているとまじでやられるぞ」

 疑問符を浮かべていると、「本当に鈍いよなぁ」と千羽から大いに呆れられてしまった。
 菜月はますます困惑してしまう。わけが分からない。


 晩餐会は夕方の六時から始まるそうだ。
 それに間に合わせるため、郡是は菜月や隊員と共に移動魔法許可所へ向かった。
 瞬く間に西区大講堂近くの雑木林に着くと、菜月を含め聖保安部隊全員が外衣を羽織、フードで顔を隠す。これは異例子が晩餐会に参加していることを公にしないための対策で、菜月だけ顔を隠しては目立つと聖保安部隊隊員全員が同じ格好をした。
 フードで顔を隠す行為自体が目立ちそうではあるが、意外と大講堂に向かう鬼夜族の天使たちは見向きもしない。ゆえに何事もなく大講堂に入ることができた。

(良かった。大講堂は入れる。鐘の音さえ聞こえなければ、なんとかなりそうだ)

 安堵の息をつく一方で、菜月は疑問を抱いて仕方がない。
 フードで顔を隠しているのだから、些少ならず不審に思ってもいいのに。
 なぜ鬼夜族の天使たちは何も思わないのだろうか。注目すらしようとしない。

「はあ。相変わらず、四天守護家の天使はお高いとですよ」

 疑問を解消してくれたのは、聖保安部隊隊員の七簾の愚痴によって。
 大講堂の螺旋階段を上っていると、菜月の後ろを歩く七簾が四天守護家の天使は鼻につく奴らばかりだ、と小さく唸った。
 すかさず郡是が注意するも、彼は不満気に鼻を鳴らすばかり。四天守護家の天使は大した腕もないのに、上から目線に物を言う奴が多い。郡是隊長や千羽副隊長の方が実力があるのに。ああ、やだやだ、お高い天使とは気が合わない、と零している。
 今だって自分達を見向きにしないのは、無関係の天使だと分かり切った態度だからだ。

「本当に腹が立つとよ」

 七簾が舌を鳴らしたので、菜月は歩調を遅くして彼の隣に並んだ。

「無関係の天使だから見向きもしないって、どういうことです?」
「簡単に言えば、見下されているとよ。四天守護家の天使は生まれながらにしてエリートやけん、そんな態度を取ると」

 曰く、四天守護家の天使は各族に約二千名程度の天使が集っている。
 それらは生まれながら一族の天使と名を馳せ、たとえ実力がなくとも市井の聖界人よりも高い地位を得られる。
 言い換えれば、どのような無能でも市井の聖界人は四天守護家の天使を超えることができない。それが七簾は不満だと語った。
 菜月は生まれながら見下されていた立場なので、彼の言いたいことはなんとなく分かった。四天守護家の天使は完璧を求められるので、生まれながら天使になれなかった自分はいつも落ちこぼれの化け物だと軽蔑されていたもの。人間は最弱種族なので尚更、嗤われていたのだと思う。

「もちろん、異例子の兄姉みたいに実力ある天使もいるとよ。それは認めるたい。けんど、四天守護家の天使は箱入り娘息子ばっかやけん」
「七簾。それくらいにしておけ。嘆いても状況は変わらん」
「分かっとるとです。けんど今くらい愚痴らせてほしいとです。なあ?」

 七簾に同意を求められ、菜月は苦笑いを返した。
 これでも一応、自分も四天守護家の一員なのだが、彼の気持ちは分かる。
 どんなに努力しても変えられないものがある、とは歯がゆいものだ。

「菜月、四天守護家のことはどこまで知っているんだ?」

 晴天が菜月の隣に並んで声を掛けてくる。

「じつは四つの天使族が聖界を四つに分けて、その土地を統べていることしか知らないんです。それも独学なので、合っているか分からなくて……俺は生まれながら人間に生まれたので。四天守護家の地位をはく奪する案もあったと聞いたことはあります」

 正直に、あまり知識がないことを伝えると、晴天は四天守護家について教えてくれた。
 四天守護家は鬼夜、竜夜、狐夜、虎夜の四つを一括りにした四天守護の天使族をさす。聖界の秩序・安寧を維持するために、聖界を取り仕切っており、聖界では最高地位に就いている。
 それゆえにエリート一族と呼ばれており、名実ともに腕のある天使たちが聖界を先導している。

 また四天守護家は各自で気質が異なる。
 たとえば菜月が身を置いている鬼夜一族は自然武術魔術に優れた一族だと謳われている。火や水、雷などの力を借りた戦闘を尤も得意としており、自然を使った戦術が巧みと言われている。鬼夜螺月の戦闘がまさにそれに匹敵していると晴天は語った。

 虎夜一族は特に自己武術魔術に優れた一族だと謳われている。
 自己武術魔術というのは、自分の身体能力を極限まで上げることを指し、接近戦が尤も得意だ。スタミナも他の一族に比べて長けている。

 狐夜一族は幻影武術魔術に優れた一族だと謳われている。幻術を巧み使う。
 さらにこの一族は他の一族に比べて頭脳戦を得意としている。幻術と頭脳戦で挑まれるほど厄介なものはないので、他の四天守護家からあまり手合わせをしたくないと言われている。

 最後に竜夜一族は呪武術魔術に優れた一族だと謳われている。
 その名のとおり、呪を得意としている。呪にも種類はあるがこの一族は相手に呪いを掛けることは勿論、呪を跳ね返す術も得意としている。また聖力(せいりき)という自然界に眠る神秘の力を使う者がこの一族には多い。
 四天守護家の中で最も力のある一族と謳われ、四天守護家の頂点に立つ一族と言っていい。

 四天守護家は普段、聖界を先導するために主に経済と安寧にかかわる仕事に携わっている、と晴天は教えてくれた。
 柚蘭や螺月は主に西区の安寧にかかわる仕事に就いており、市井の聖界人の暮らしを書類にまとめているのだとか。つまるところ、お役所のような仕事をしているそうだ。




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あきゅろす。
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