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族内の晩餐会




 さて、そんな日々を過ごしている菜月に、とある話題が振られた。


 それは朝食を取っている時のこと。
 ミルクパンと野菜スープを交互に口に入れていた菜月は、身支度を整え、紅茶を啜っていた姉から申し訳なさそうに、このような話が切り出されたのである。

「菜月。今晩、族内の晩餐会があるのだけれど、帰りが遅くなりそうなの。郡是隊長に頼んで、夜まで専属監視役を付けてもらうよう言っておくから、ぬくもりの共有は聖保安部隊にお願いしてね」

「族内の晩餐会?」

 初めて聞く単語である。

 あれだろうか。飲み会のようなものだろうか。

 疑問符を浮かべる菜月に、姉は所謂交流会のようなものだと説明してくれた。
 四天守護家全般の交流会が年に一度、そして族内の交流会が年に二度行われるそうで、今晩は西区大講堂で、鬼夜族内の晩餐会があるそうだ。菜月の想像通り、飲み会のようなもので、族内で労いやら交流の催しがあるという。
 聞く分には楽しそうなので、遠慮なく行ってもらって構わないのだが、朝から不機嫌を貫く兄は「行きたくねえ」とミルクパンを噛み締める度に苦言している。

「胃が痛くなってきた。欠席すっかな」

「螺月ったらそればっかり」
「休みてぇーな」

「だめよ。ちゃんと顔を出さないと。また嫌味を言われるわよ。せっかく力天使候補なんだし、今晩こそ昇格できるかもしれないわ。貴方は聖界でも十人しかいない『月』勲章の所持者なんだから」

「べつにいい。昇格なんざ興味ねえし、晩餐会の飯は美味くねえ。家で菜月の飯を食った方が好きだ」

 さっさとミルクパンを口に押し込み、螺月は食器を片して自室へ戻ってしまう。
 身支度をしに行ったのだろうが……。

 菜月は柚蘭に視線を流し、「何かあるの?」と控えめに尋ねた。
 異例子の血縁者として嫌味を言われているのだろうか。そうだとしたら申し訳ない気持ちなのだが。

 しかし、心配に反して柚蘭の返事は「螺月の悪い癖が出ているの」

「晩餐会を面倒くさがっているの。族内の集会だから、顔を出さないと失礼にあたるのだけれど、螺月は晩餐会が苦手も苦手。ああいう性格だから、他人と愛想よく交流がまず……ねえ?」

 菜月は苦笑いを返す。
 確かに兄はあまり愛想が良いとは言えない。
 身内にはとても優しく表情豊かであるが、聖保安部隊を見ていると始終不機嫌を貫いているので、たぶん普段は後者の態度が強いのだろう。

「晩餐会には称号昇格試験もあって、それが催し物になっている。螺月は候補者の中で尤も『力天使』に相応しい天使だと言われているのに、あの子はそれを受けたがらない。毎回腹痛だの、頭痛だの、手加減できない。怪我人を出してしまうだの、言い訳にして棄権しちゃうのよね。あんまりにも棄権が多いから、族内では噂が立ってしまっているのに……」

「螺月は力天使になりたくないの?」

 菜月の知識だと、四天守護家は市井の聖界人よりも位が高く、さらに称号を得た天使は高い地位を得られたはず。
 称号は名誉あるものであり、すでに柚蘭は女神の称号を得ている。
 また称号にも種類はあり、称号は12種類存在している。女神は治癒の象徴で、力天使は武の象徴、智天使は知の象徴、と事細かに定められていた記憶があるが……。

 とにもかくにも、力天使は名誉あることであり、螺月の人生を明るくするものだと思う。候補のままは勿体無い気がするのだが。

「力天使になると他人を指導することも多くなる。螺月はそれが嫌なんだと思うわ」
「候補のままだと、そういう役割が回って来ないから気が楽ってこと?」

「ええ。螺月を怖がる聖界人も多いくらい、螺月は近寄りがたい態度を取っているから……肝試しされるくらいだし」

 そういえば、晴天から肝試し扱いされているって言われていたような。
 普段どんだけ素っ気ない態度を取っているのだろう。兄は。

「それでも螺月は顔が良いからモテるのよ。女の子からデートのお誘いもされたりするんですって」
「確かにカッコイイ顔をしているよね。螺月」
「だけどあの子ったら……女の子にすら興味なくていつも断ってばかり。一にも、二にも、弟、姉、家族」

 もっと色んなことに興味を持ってほしい、と悩む自分は極度のブラコンなのだろうか。
 柚蘭は深くため息を零した。ブラコンというより息子の教育に悩む母親のような発言だと思ったが、柚蘭の名誉のために口に出さないようにしておこう。

「へっくしゅ」

 ぶるりと寒気を感じ、ひとつくしゃみを零した。
 その瞬間、「菜月。上着は常に着とけっつっただろうが」と、自室にいたはずの螺月が廊下に顔を出し、リビングキッチンにいる菜月に向かってカーディガンを投げてくる。

「テメェは少しでも体を冷やすと倒れるんだ。着とけ、今すぐ」

 弟に関しては本当に地獄耳である。
 カーディガンを受け取った菜月は、苦笑いを浮かべながら、それに腕を通した。

「菜月、今日は八時に帰る。晩のぬくもりの共有は俺がする。だから安心しとけ」
「ええ? 螺月。晩餐会は十時まであるのよ」
「ちと顔を出せばそれでいいだろう。俺は八時に帰る。聖保安部隊に晩のぬくもりは任せられねえよ。今日の専属監視役が晴天だったら目も当てられねえだろうが」

 どうして、そこで晴天の名が出てくるのか。
 ああ、プロポーズをされているせいなのだろうが……。
 菜月は今日の専属監視役は千羽副隊長であることを伝えた。が、ふたたび廊下に顔を出した螺月は意味深長にこちらを見つめると、深いため息をついて唸る。

「晩までお前を任せることになったら、晴天が来るかもしれねえだろうが」
「彼は昨日来たから、順番的には来ないと思うけど」

「テメェは分かっちゃねえな。晴天の様子を見ていたら、普通分かるだろうが……これだから目が離せねえんだよ。とにかく俺は八時に帰る。俺が晩のぬくもりをする。それで決まりだ」
「もう。ずるいわ螺月、私も八時には帰りたいのに」

 おやおや、柚蘭も内心は晩餐会に出たくない様子。
 ずるいを連呼する姉は帰る時は自分も誘ってほしい、置いて行ったら怒る、と言って螺月の下へ向かった。どこの世界もあれだあれ、飲み会は嫌なものだと認識されているのだろう。万国共通ならぬ万界共通だと思った。
 菜月は影から顔を出す小鬼と目が合い、ついつい苦笑い。

『恐がり菜月、相変わらずにーちゃん。ねーちゃんに心配されてる』
「ふたりともすごく弟思いなんだよ。今日の夕飯はふたりの好きなものを作っておこうね」
『それが良いっちゅーの。お菓子も作っておこう!』

 そうだね。菜月はひとつ頷き、心中で兄姉が早く帰れますように、と応援した。
 同じ四天守護家の一族ではあるが、晩餐会に出席したことがないし、これからも縁がないだろう。兄姉はたいへんだな、と他人事のように思った。


「え、晩餐会に出席? 俺が出席するんですか?」

 他人事ではなくなったのは、兄姉の出勤を見送って間もなくのこと。
 洗濯を終えた菜月は専属監視役の千羽から事を告げられ、驚きのあまりに顎が外れそうになった。
 だって、晩餐会に出席もなにも自分は異例子。しかも罪びとである。四天守護家の出来損ないが族内の晩餐会に出席するなんぞ、場を白けさせるだけと思うのだが。

 何かの間違いではないか。それこそ命令の偽装の可能性は?
 千羽に聞き返すも、彼は首を振り、族長直々の命令だと返事する。郡是と共に直接命令を聞いたので間違いない、と千羽は返した。

「お前は聖界の社会と無縁の生活を送っていただろう? 菊代さまはそれを重く捉えて、お前に族内の社会を目にしてほしいと仰った」

「……そう言われましても、罪びとですよ。俺」

「お前の罪は表沙汰にはなっていないからな。族内でも一部の者しか、お前の罪は認知されていない。異例子の帰還は表立っているが、それまでに留まっている。ああ、そんな顔をするな。さすがに俺も郡是隊長も進言したよ。晩餐会に水を差す事態になりかねないって。菊代さまはそれを考慮したうえで、遠巻きに出席させる方針にする、と言った」

「遠巻きに出席……えーっと大講堂の外から出席する、とかですか」
「大講堂は三階建でな。基本的に出席者は一階で交流するが、お前は聖保安部隊と三階で様子を見守るかたちになる」

 交流こそないが晩餐会の様子を見守る形で出席する、これが鬼夜菊代の考えた方針だという。
 基本的に菜月に拒否権はないので、半ば強制出席になるのだろうが、それにしても急な話だ。
 講堂は聖堂ではないので、おおよそ入れると思うのだが、トラウマが発動しないか心配なところである。菜月は聖堂に入ることが本当に難しい。

 懸念はまだまだある。

「千羽副隊長。螺月と柚蘭に話してます? このこと」
「久しぶりにぶつかるだろうな、と戦々恐々としているよ。はあ、もう頭が痛い」
「せめて二人に話しておいて下さい。特に螺月は感情の起伏が激しいので、事を知れば烈火の如く怒るかと」
「そうなんだよなぁ。言うべきだよなぁ」

「…………」
「……はあ」

「……もしかして口止めされています?」
「……察してくれて嬉しいよ」

 菊代の命令で口止めされている、と千羽は唸る。
 確かにふたりが知れば、なりふり構わず止めてくるだろうし、晩餐会自体欠席しかねない。
 晩餐会は交流会兼値踏みの場でもありそうなので、菊代としては実力ある天使に欠席をしてもらいたくないのだろう。兄に至っては理由をつけて称号試験を棄権ばかり繰り返している。事を聞けば、晩餐会を台無しにしそうである。

 とはいえ、後で知れば烈火の如く怒るのは目に見えている。

「柚蘭さまはともかく、螺月殿は怒ると手が付けらないからな。どうすっかな」

 菜月はゲンナリとため息をつく千羽に苦笑し、「すみません」と先んじて謝罪した。自分もできる限り、兄の怒りを宥めるから、と告げる。

「そうしてくれると助かるよ。螺月殿は弟にとびきり優しいから、お前が言えばたぶん怒りを治めてくれると思う」
「本当に優しいです。不器用ですけど、すごく可愛がってくれるんですよね。螺月」
「おかげでこっちは苦労しているよ。晴天は妙に螺月殿と張り合おうとするし」

 まだまだ青い聖保安部隊隊員が力天使候補に勝てるはずがない。
 分かっているくせに、先日武の勲章「空」を取っていたのだから見上げた根性だと千羽は苦笑いを零した。
 星勲章まであと三つ。年内には取ってしまうかもしれないな、と肩を竦め、千羽は菜月にぬくもりの共有をしようと誘った。

「今晩は忙しくなる。なるべく多めに暖を取るべきだ。お前はまだ『ルーセントの呪病』を患っているんだからな」

 気遣ってくれる千羽にひとつ頷き、菜月は毛布を取りに、自室へと向かった。




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あきゅろす。
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