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流るる半年の月日



 異例子のこと鬼夜菜月が聖界に戻って半年が経った。
 半年の間にずいぶんと濃い時間を過ごしているので、気持ちは「もう半年経ったのか」と思わざるを得ない。

 聖保安部隊による監視生活。博学の天使の襲撃。『ルーセントの呪病』。
 ああ、ほんとに思い起こせば起こすほど、濃い生活を送っているものだ。
 幸い、『ルーセントの呪病』以降、大きな事件事故に巻き込まれることはなく、患っている病も症状が落ち着いている。懸念されていた「暖」を求めて狂うこともなく、菜月はぬくもりの共有をしてもらいながら日々を過ごしている。
 相変わらず、熱を出すことも多く、眩暈を起こすことも多いけれど、そういう日は無理せずにベッドで過ごしている。

 変わったことと言えば、専属監視役が付いたことくらいだろうか。
 ほぼ一人になれる時間が消えてしまったが、その代わり、専属監視役が更生のために異例子の教育を担当することが多くなった。
 要は魔界人と繋がった異例子は知識不足であり、誤った道に行かせないために再教育が必要だと判断されたのである。

 確かに菜月は聖界で学びをしたことが殆ど無い。
 聖堂に通わず、ほぼ独学で勉強していたので、教育を受けさせなかった族内にも問題あると判断されたのだろう。
 言わんとしていることは分かったが、魔界人と繋がったことに一ミリも後悔はないのでなんだかなぁと思ってしまう。それを口にしてしまえば、厄介事になりそうなので胸に秘めておくけれども。

 再教育は知に長けている、比較的異例子に嫌悪感を持たない聖保安部隊が任された。
 千羽副隊長はもちろんのこと、『ルーセントの呪病』を患っていると見抜いた鳥羽瀬や、なんだかんだで面倒見がいい七簾が主に担当してくれている。どの隊員も異例子に嫌悪感をあまり持っておらず、気さくに話し掛けてくれる。
 配慮の裏に「何かあれば口うるさい兄姉が出てくる。それは勘弁願いたい」という意図があるようだ。
 専属監視役には責任を取ると言って聞かない晴天もいる。彼は相変わらず、責任を取る気持ちが強く、菜月にこう言ってのけた。

「俺が螺月さまに勝ったら、その時は俺が決めるからな。責任の取り方」
「ら、螺月に勝つ?」
「言ったじゃないか。螺月さまに勝ったら、俺が決めるって。お前、俺が負けるって決めつけてきたし」
「決めつけましたっけ……」

 というか、なぜ責任を取られる菜月に権限がないのか。

「螺月は強いって聞いてますけど」
「やってみないと分からないだろう?」
「そりゃそうですけど」
「ほら、そうやって決めつける」
「……螺月は短気なんで売られた喧嘩は全部買うと思いますよ」
「喧嘩じゃない。勝負をしたいんだ」
「うーん……勝負については螺月に聞いてみてください。勝負するのは螺月なんで」

 あ、しまった。螺月に勝負のことを伝えれば……。

 事の経緯を聞いた螺月は当然、「は?」からの「責任を取り方を決めるだ?」からの「ざけんな表に出ろ!」と、たいへん怒り心頭に発した。さらに自分と勝負する話について、そもそも自分が負けるわけがないと豪語し、晴天の武の勲章を聞いた途端、「大地勲章は悪くねえ。が、話にならねえ!」と一蹴した。

「俺と勝負したけりゃ、月勲章の次に位の高い『星勲章』を取ってこい。大地勲章相手なんざ病院送りさせちまう」

 手加減できないタチだと唸り、星勲章ならたぶん軽傷程度で済ますことができる、と螺月が言い放った。
 結果、負けず嫌いの晴天が星勲章を取ったら絶対に勝負してほしい。絶対に負かせると意気込み、これまた負けず嫌いの螺月がこめかみに青筋を立てる羽目になった。その場は少々大騒ぎになった。
 様子を見守っていた千羽副隊長は始終頭が痛いと嘆いていたし、後ほど事を聞いた郡是隊長は胃痛がしてきたと唸っていたのだから同情を覚えたが、それはさておき。

 閑話休題。
 菜月は再教育の真実は異例子の管理だろう、と憶測を立てていた。

 なにせ、異例子は新種族。
 異名を二つ授かっているだけでなく、魔法陣のルーン文字の書き換えを行えるようになった。
 この半年で菜月はルーン文字の書き換えだけでなく、書き換えを行うことで、まったく性質の異なった魔法陣を創ることに成功している。

 それは偶然だった。
 研究所でいつものようにルーン文字の書き換えを行っていた菜月は、なんとなく、二つの魔法陣のルーン文字を掛け合わせると、どうなるかな、と考えて実行。見事に水と炎から新たに熱風を宿した魔法陣が生まれ、その場は騒然となってしまった。
 所長の蓬生は異例子の力について、このように言及している。

「異例子は聖界人が使用する魔法を根本から崩す性質を持っています。聖の裁きを無効にしたことも、もしやルーン文字の書き換えを行った結果からやもしれません。聖の罰は巨大な魔法陣を使用して成り立つ儀式なので」

 聖界人は魔法陣を使用して魔法を使うことが殆ど。
 それを無効にする力が異例子に宿っているのだとしたら、それはきっと瞬時にルーン文字の書き換えが行えるからだろうと蓬生。敵に回したら厄介な存在になる、と評価されてしまい、菜月は困ってしまった。蓬生が評価するほど自分は強くないのに。

 強いといえば、螺月に変化が見られたそうだ。
 天使種族だと診断を受けている兄だったが、この半年で種族変異が始まった、と蓬生から結果を受けている。
 簡単に言えば、天使ではなくなっているそうな。経過を見守る前提ではあるが、いずれ天使と名乗れなく未来が来る可能性があるとのこと。兄は無関心に結果を聞いていたが、菜月はすこぶる驚いてしまった。

 そして焦ってしまった。
 それはまずい。表面上は天使なのに、それが無くなってしまえば、いよいよ螺月も差別対象だ。
 どうにか薬で進行を止めることはできないのか。何か手はないのか、と蓬生に尋ねたが彼は難しい顔を作るばかりだった。対照的に螺月はどうってことないと言うばかり。

「失敗作の異例子が表沙汰になるだけだ。気にしねえよ」
「だ、だけど」
「大丈夫だって。表沙汰になったところで、周りは変わらねえって」

 化け物だのなんだの、好きに言わせておくさ、と言って螺月は飄々と笑った。
 異例子の肩書きをいっしょに背負う覚悟なのだろう。
 それは柚蘭にも同じことが言える。彼女はいずれ自分も変化がくるだろうと予想しており、その時は素直に異例子の肩書きを背負うと菜月に微笑んだ。三姉兄揃って異例子なんて心強いだろう、と言われると何も言えなくなる。
 お人好し天使ふたりにはそのままでいてほしい、と思っているのに。

 話は逸れてしまったが、こういった経緯から鬼夜族は徹底的に異例子を管理しようとしている。
 おおよそ不都合な存在である一方、利用価値を見出しているのやもしれない。複雑な気持ちではあるが、下手に拒んだところで、人間界に置いてきた悪魔のことを引き合いにされる可能性がある。
 菜月はなるべく鬼夜族の意向に従おうと心に決めていた。

 これが半年にあった出来事の顛末である。
 博学の天使は移動魔法許可所襲撃以来音沙汰がなく、今のところ菜月は平和に暮らせている。

 『ルーセントの呪病』も落ち着いており、専属監視役が付いたことを除けば本当に穏やかな日々が過ぎている。
 兄姉との関係も良好で、菜月が改心した日から喧嘩という喧嘩はしたことがない。たぶん傍から見れば仲が良いほうだ。
 兄と情を通わせる日が来るやもしれないが、症状が落ち着いているので今のところその心配もない。螺月に相談は持ちかけているが、やはりというか、なんというか、「必要だったらいつでもパートナーになる」と言ってのけた。根っからの弟想いだな、と思った。

 相変わらず、自分の意思で部屋から出られず、自由拘束は続いているが、罪びとである菜月にとってこの生活は「しあわせ」に値すると言える。
 人間界に置いてきた風花たちのことは気掛かりだし、聖界のどこかにいるであろうセントエルフのジェラールの情報も一切入って来ない。片隅で不安や心配はあるが、兄姉との関係は良好で、監視役の聖保安部隊とも線引きしたうえで良好となった。身内はともかく、見張られている立場なのだから聖保安部隊と良好になるなんておかしな話だが……すべて本当のことだ。

 その一方で、菜月は憂慮を抱いている。

 それは兄姉の私生活だ。
 彼らは朝から晩まで働いて、入院する母を見舞って、罪びとの菜月を世話する生活を送っている。
 休みのほとんどは家で過ごし、読書やガーデニングをしたり、菜月や身内で会話をして一日を終える。ちっとも外に出ようとしない。遊びに行く様子だってない。彼らだって若い。まだまだ遊び盛りだろうに。

 とうのふたりはこの生活を満喫しているようなので、口やかましく友人と遊びに行っていいよ、とも言えないが。




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あきゅろす。
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