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03-16


 
 毎度思うのだが二人がタッグを組むと非常に厄介だ。
 どんなに突っぱねても二人は屈することなく、やんわりと話し合いに持ち込もうとする。

 しかも持ち込み方が上手いのだ。
 息を揃えて逃げ道を塞ぎ、兄と姉が交互に接してくる。あくまで無理強いではなく、自分から話させる形を取る。同居を始めて1ヶ月経とうとする菜月は身をもって経験済みだ。
 
 今も息を揃えて逃げ道を塞ぎ、優しく交互に自分に接してくる。
 振り払っても屈することがないため、こちらの方が折れてしまう。何度も何でもないと逃げていた菜月だったが、ついに折れた。 

「本当に聖保安部隊とは何もなかった」

 まず聖保安部隊とは何もなかったと二人に説明する。
 今日は比較的に良くしてもらったほうだ。疲労しているのは自分が聖堂にトラウマを持っているせいだからだ。淡々と説明を重ねる。

 イマイチ信用していない二人だったが、菜月の説明に耳を傾けてくれていた。

 菜月は一呼吸置いて、「ただ混乱しているだけなんだ」と、二人に吐露する。
 

「その、俺を引き取りたいって言ってきた人がいたもんだから。何だかなって」

「菜月を? それは本心で言ってきたの?」
 

 異例子を引き取りたいと言う人などそうはいない。
 からかって言ってきたのではないか、柚蘭の意見に螺月も便乗した。きっとからかわれただけだと。

 そんなに気にすることでもない。
 第一菜月の身の上は聖保安部隊が管理している。
 引き取りたいと言うのならば聖保安部隊を通し、長や身内の自分達に報告がいく筈だ。
 
 二人の意見に菜月は話を続けるべきかどうか迷った。
 
 博学の天使の名を出して良いものなのだろうか。
 もしも自分の推理が当たっていれば、自分を引き取りたいと言った天使は自分達の父親だ。自分は父親の一切を知らないけれど、家族は父親についてあまり好い顔をしない。
 
 昔、祖父に父のことを尋ねたことがあったが、困ったように笑うだけ。あまり好い顔をされなかった。
 自分が生まれた時にはもう父の姿は無かったし、一緒に暮らしている間は話題も一切出なかった。父の話題はタブーなのではないだろうか。口を閉ざして思考を巡らせていたが真実を突き止めたい気持ちもある。

 白衣の男は言った。博学の天使のことを兄姉は知っている、と。
 あの男は兄姉を知っていた。もしも兄姉が博学の天使のことを本当に知っているのならば、予想通りの反応をしてくれるのならば、あの男は自分の…。菜月は意を決して二人に尋ねた。

「俺を引き取りたいって言った人、博学の天使って名乗ったんだ。聞き覚えある?」   
 
 ――カラン。
 
 それは数秒の間があった。
 
 兄の物なのか姉の物なのか分からないフォークが床に音を立てて転がる。
 恐る恐る二人の様子を窺えば、両者呼吸さえ忘れて瞠目していた。

 ついさっきまで見せていた心配の色など何処にも無い。

 ただただ驚愕の二文字が天使達を襲っている。それほど動揺している証拠だろう。
 
 最初に息を吹き返したのは螺月だった。

「でたらめ言ってんじゃねえぞ!」

 隣に座っている兄は菜月の胸倉を掴み、怒声を張った。
 心底動揺をしているのか、それとも怒りで我を忘れているのか、胸倉を掴む手が微か震えている。

 あまりに強く胸倉を掴んでくるものだから菜月は息苦しさを覚えた。
 ギリギリとローブが首に食い込む。痛みと息苦しさに身悶えている菜月に気付かず、どういうことか説明しろと螺月は掴んでいる胸倉を揺すり詰問した。
 
「なんであいつの名前が出てくるんだ。あいつは俺等を置いて家を出て行った野郎だぞ! なんであいつが出てくるんだ! でたらめ言うのも大概にしろ!」

「で、でたらめじゃない」

 だから質問をしているのではないか。 
 しかし射殺すような眼差しは憤りしか見せていない。

「ふざけるなよっ」

 吐き捨て、胸倉から手を放すや否や、両手の平を握り締めて感情を押し殺す兄の姿。

「あいつは出て行ったんだ。俺等を捨てて出て行ったんだよ、普通に家庭を捨てた男なんだよ」

 どんなに周囲から辛酸な目を向けられても助けに来なかったのだから。
 差別されても助けにすら来なかった、男なんだから。

「俺等がどういう目に遭っても、遭ったとしてもっ。どんだけ俺等が苦しんできたってあいつは帰って来なかった。あいつは知らないだろうな。俺等家族がいま、どういう目に遭って、母上がどんな状態なのか。知る由もねぇだろうな」
 
 兄の吐き捨てる言の葉に菜月は胸を貫かれた気がした。
 嗚呼、何故、こんなにも胸が痛いのだろう。

「もしもっ」

 遅れて柚蘭も話に加担した。
 自分に顔を背けているその表情は今にも泣き出しそう、声が大袈裟なほど上擦っていた。
 



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