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01-22



「廊下で俺達と擦れ違わないようこいつは、陰に隠れてばっか。最初こそなんでそんなことするのか、意味が分からなかったけど、菜月の心は過去の“俺等”を視ているんだよな。鉢合わせになれば、きっと傷付く。過去の古傷が菜月を警戒させてるに違いねぇ」

「そうね。菜月は上手く隠れているつもりみたいだけど……バレバレよね」
「ほんとにな。結構傷付くもんだ、避けられるって行為は。菜月はそれに耐え続けてきたんだろうけどさ」

 ぽんぽんっと頭を軽く叩き、螺月は眠っている末弟に言葉を掛ける。
 末弟が起きていたら嘲笑われる、承知の上の台詞を眠り子に掛けた。

「もう独りで耐えなくていい。今度は何が遭っても傍にいる。お前のことは俺が守る。約束だ」

 便乗したのは柚蘭、まるで輪唱するように弟の後に続く。
 
「貴方は独りじゃない。かわいい私の弟。いつか心を開いてくれる日を待っているわ」

 慈しみと愛情に溢れた兄姉の言の葉が、ただほろ苦い。
 狸寝入りしていた菜月は、彼等の言葉に言い知れぬ感情を抱いた。嗚呼、普段ならば馬鹿馬鹿しいとあしらえる筈の言葉なのに今日はやけに重く胸に圧し掛かる。それはなんでだろう?

 なんで? といえば、彼等の愛情になんで? だ。
  
 自分は彼等の命を狙ったことがあるというのに、本気で殺そうと仕掛けたこともあるのに、彼等はそれを無効にするように愛情を向けてくる。何かも赦してくれるように愛情を向けてくる。彼等の向けてくる無垢の愛情が今の自分にはあまりにも眩しくて重たい。

 昔は自分を化け物として見ていた兄姉。
 その兄姉は今、自分をひとりの弟として見ている。彼等が理解できない。否、自分は彼等を理解できないのではない、今の彼等を知らないのだ。

(二人に対し傷付けている態度ばかり取っているのに)

 彼等はそれをものともしない。
 今の彼等を自分はあまりにも知らなさ過ぎる。
 あの頃とあべこべだと菜月は思う。昔、兄姉が自分を化け物と決め付けていたように、今の自分は過去の面影と照らし合わせながら兄姉を非道な人物と決め付けている。
 
 ふと瞼の裏に風花の顔が過ぎった。
 もしも彼女が此処にいたならば、今の自分を何と言うだろうか。決め付けるなんてらしくないじゃないか、なんて言ってくるだろうか。
 銀色の悪魔を思い出すと何故か心が落ち着き、このままではいけないという気分になる。

 自分も本当に感情くさい奴になってしまったものだ。感情が欠如していると謳われていた異例子は何処へ行ってしまったのやら。
 
 狸寝入りから本気で夢路を歩き始めた菜月は、眠気を感じつつ人知れず苦笑を零してしまった。



「――馬鹿だよね。あんた達、ほんとにさ」
 
 菜月が目を覚ましたのは、それからまた数時間後。夜が明ける一時間前のこと。
 
 瞼を持ち上げた向こうに待っていた光景は、闇に包まれた自室とベッドの縁に体をあずけている姉、そしてスツールに腰掛け、壁に背を預けて眠っている兄。
 どうやら一晩中、自分の傍にいて看護してくれたようだ。

 いつもならば悪態を付く場面だが、今の気持ちはとても穏やかで、どうにもこうにも悪態を付けそうにない。優しい気持ちに包まれている。
 彼等を起こさぬように上体を起こし、乱れたローブを整える菜月は兄姉の寝顔を見つめ、ひとつ苦笑。 

「異例子を家族として見ているなんて、馬鹿だよ。ほんっと馬鹿で、お人好しだ」

 菜月は目を細め、眠っている兄姉の姿を暫し眺めた後、彼等を起こさぬようベッドから下りた。

 まだ引き攣るような痛みが微かに走る背中を庇いながら、自室から出た菜月が向かう先。

 そこは数時間前に戦場と化したリビングキッチン。
 中に入るや否や、菜月はテーブルの上の大皿に気付く。

 白布を被せられた大皿、布を取っ払ってみるとひょっこりとパウンドケーキが顔を出した。朔月、もしくは兄姉が拾ってくれたに違いない。

 ジッとパウンドケーキを見つめると、小さく吐息をついて、布を元の位置に戻した菜月はキッチンに立つことにした。まずは流し台に放置されている鍋を洗わなければ。




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