03-14
「成長したな、菜月。お前と最後に会ったのは七つの時だったか」
白衣の男は自分を知っているらしい。嫌味ったらしく笑ってくる。
はて。自分はこの男と顔を合わせたことがあっただろうか。
菜月は記憶のページを捲り始めた。七つの時に白衣の男と出逢った。記憶。きおく。キヲク。何かに引っ掛かりそうなのだが、その何かが分からない。
黙然と男を見つめる。
相変わらず悠々と煙草を吸っている白衣の男は嘗め回すように自分を見てくる。まるで観察しているかのようだ。居心地の悪さを感じながらも、菜月は男の顔を窺った。
見れば見るほど男は兄に似ている。ソックリだ。
ここまで似ているとなると、まさかとは思うが、まさか。
(俺の父親……?)
母は見事なまでな金髪だった。兄と姉は母の遺伝を受け継いで金の髪を持っている。
対照的に自分は黒髪。祖父の若い頃は茶髪だったと聞いている。よく顔がソックリとだと言われる祖母の髪ですら金だったそうだ。黒髪の要素はどこにもいない。
もしも自分が黒髪になるとしたら、自分が生まれる前に出て行ってしまった父親が黒髪だったのではないかと仮説するのが至極普通だ。
自分のことを知っているようだし、兄にソックリな容姿を持っている。そして黒髪だ。姉は母譲りの容姿で、兄は父譲りの容姿を持っていたと祖父から聞いた事がある。
白衣の男が自分の父親だと条件としては、ピッタリ当て嵌まる。可能性は大きくなる一方だ。
しかし確信はまだ持てない。
ジッと白衣の男の様子を窺っていると、不意に男が右の手首を掴んできた。
振り払う間もなく男は手首を戒めている黒光りの枷に目を向けた。
「魔力を封じられている……正確なデータを取ることは難しいか」
どこまでも冷静に状況を見据える男は、ローブの上から菜月の胸に右手を当ててきた。
抵抗することも忘れ、菜月は白衣の男をひたすら見守る。
「成長に伴って、力も成長している。少し試してみるか」
短くなった吸殻を地に落とし、男は詳しく調べる必要性があるなと自己完結した。
「あの貴方は?」
恐る恐る男の身の上を尋ねると、男は目を細め不敵に笑みを作った。
「そうだな。博学の天使とでも名乗っておこう。異例子、お前を引き取りに来た」
「引き取り……え」
「柚蘭や螺月から聞いていないか? まあいい。お前の存在は柚蘭や螺月じゃ手に負えん。無論、お前を見下している聖界も同様だ。菜月、異例子の名を背負ったお前にとって、この世界は狭すぎる――その存在はひとつの世界に匹敵するのだから」
「そこに誰かいるのか?」
「おっと邪魔が入りそうだな」
白衣の男は混乱する菜月に冷たく笑う。
瞬間、突風が吹いた。思わず目を瞑ってしまった菜月だったが、すぐに瞼を持ち上げに視線を投げる。
そこには誰もいなかった。零れんばかりに目を見開いていた菜月だったが、水の入ったカップを片手に戻って来た千羽に声を掛けられ、ハッと我に返る。
「誰かに声を掛けられていたみたいだが、誰だ?」
怪訝な顔を作る千羽に、菜月はぎこちなく答える。
「異例子に好奇心を向けた天使みたいでした。見たこともない顔でしたけど」
「異例子はいま話題で持ちきりだ。野次馬が出るのはしゃーないけど、注意喚起する必要があるな。ほらこれ」
菜月は差し出されたカップを受け取る。
(俺を引き取りたい……か)
冷水を喉に通し、気持ちを落ち着かせようとするが白衣の男の不敵な笑みがどうしても拭えなかった。
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