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03-13



 様々な感情に襲われながら千羽は回廊を歩く。

「また吐きそう」

 ポツリと零す少年の独り言を聞き拾った千羽は一旦、聖堂の中庭へと移動した。
 中庭ならば聖堂内とはいえ外だ。少しは気分も良くなるだろう。千羽は薄暗い中庭へと移動し、設置されているベンチのひとつへと異例子を寝かせる。

 読みは当たったようで中庭に出ると幾分、少年の表情も和らいだ。
 それでもまだ吐き気は止まらないようだ。うぇっと嘔吐いている。

「そんなに駄目か。聖堂」
 
 菜月に問うと、「とても情けないことに」と彼は苦笑した。

「“聖の罰”のトラウマなんですよ。無効にした無効にしたって言われてますけど、結構あれ、痛いものなんですよ。トラウマになるくらいに」

 目で笑う少年に千羽は掛ける言葉もなかった。
 噂で聞く神聖なる儀式“聖の罰”を無効にした、と言われている話にそんな裏話があったとは。

「死んだ方がマシだと思うほど、あれには大きな痛みがありました。泣き叫ばなかった当時の自分を誇りたいですよ」

 息を吐き出しながら教えてくれる少年に千羽はもう喋るなと告げ、此処で待ってるように言う。
 水でも持ってきてやろうと思ったのだ。
 飲めばもっと気分も良くなるに違いない。
 
 すると菜月はおどけ口調で言う。

「俺を見張っておかなくてもいいんですか? 隙を見て逃げるかもしれませんよ」

 小生意気なことを発言してくる少年に千羽は笑声を漏らした。

「逃げる余力も無いくせに。おとなしくそこにいろよ。水、持ってきてやるから」 

 言うや否や千羽は少年に背を向けて聖堂内に入った。
 今なら不思議とあの少年を信用できる。安心して千羽は中庭を後にしたのだった。
   
 
  
 一方、菜月はお人好しだと千羽副隊長を笑う。

 今日は不思議なことばかりだ。
 カタテンという子供に出逢ったことも。千羽副隊長の意外な一面を見られたことも。

 特に千羽副隊長の方は不思議だ。
 自分をあれほど嫌悪していたというのに、今はその面影も見せない。流聖と出逢って暫く時間を過ごしてから、自分の見る目が変わったと思う。

 そしてよく笑う人だと思った。

 郡是隊長といつも一緒にいるせいなのか、彼は眉間に皺を寄せっ放しだ。
 絶対に笑わない人だと思っていたのに、あんな風に自分に笑い掛けてくれるなんて。一日で副隊長との距離がグンと縮まった気がする。

 今にも落ちてきそうな星空を眺めながら菜月は微笑を零す。
 自分も今日はよく笑った方だ。人間界いた頃ほどではないが、今日はよく笑っている。

(笑うと心が軽くなるなぁ)

 菜月は大きく深呼吸しムカムカする胸を宥めた。少しずつだが気分が良くなってきた。
  
 ホッと息を吐き、目を閉じて千羽の帰りを待つ。
 ちょっと逃げてみようかと悪戯心が湧いたが、彼の好意を霧散する気がしたためそれは止めた。
 きっと彼の持ってきた水を飲んだら気分も良くなるだろう。

(トラウマをどうにかしないとな。これからも聖堂に来ることはあるだろうから)

 悶々と考えながらひんやりとした微風を感じる。風の温度がやけに心地良い。

 ふと気配を感じた。
 千羽が戻ってきたのだろうか。
 しかし苦々しい煙草の匂いが鼻腔を擽った。千羽ではない。彼は煙草という嗜好品を吸っていなかった筈。菜月はゆっくりと瞼を持ち上げた。
 
 まず目に飛び込んできたのは火の点った煙草。
 赤い点が闇夜にポツンと佇んでいる。次によれた白衣。着込んでいるのか皺が寄っている。

 菜月は視線を上げ、相手の顔を拝見する。
 見覚えの無い、しかし何処かで見覚えのある顔がそこにはあった。真っ黒な髪を微風に揺らし、暗紫色の瞳をこちらに覗かせている中年の白衣男。面影が誰かに似ている。

 刹那、菜月は瞠目した。
 目前の男性は兄にソックリなのだ。
 世界には三人似ている人物がいると言うが、男性はとてもとても兄にソックリだった。

 驚きのあまり思わず上体を起こすと白衣の男がサッと空いている手を伸ばし首筋に触れてきた。
 生温かい指先に体を竦めていると、白衣の男は冷然と言う。

「36度5分」

 指先で体温を測っていたようだ。
 この男は医者か?
 しかし、それにしては身形がだらしない。医者ならもう少し清潔感を醸し出している筈なのだが。

 呆然と男を見上げる。視線がかち合うと向こうの口角が歪んだ。
 



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あきゅろす。
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