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03-12



 あー思い出しただけで腹が立つ。
 聖保安部隊ともあろう自分が見回りをしていた衛兵に見つかり、その場で尋問されるとは。
 事情を説明し、聖保安部隊の証である金バッチを見せなければどうなっていたか。

 ブツクサと文句を垂れながら、ぐわんぐわんと胸倉を掴んで激しく揺すってくる千羽に菜月は大反論した。

「だから! 不審者扱いされたのは、工事中の穴に飛び込んで俺達を泥だらけにした千羽副隊長のせいですって! あそこで穴に落ちていなければ、泥だらけにもならず済みましたし、兵も普通に俺達を見送ってたんじゃ…っ」

「……おい?」

 威勢の良かった反論が急に萎む。
 どうしたのだと千羽が顔を覗き込めば、

「天国が見えそう」

 蒼白な顔をして体を震わせている少年ひとり。
 あまりにも千羽が揺すってくるものだから、リバースしそうだと少年は言う。

「ほ、ほんとに。リバースしそうです……誰かエチケット袋を」

 カウントダウンに入ったと菜月は胸を擦る。千羽はギョッとした。

「はっ、吐くか? 吐くのか? それだけはやめてくれ! 誰が片付けをっ」
「もう手で受け止めて下さい……もう駄目です。うぇ」

「うわぁああ! バカバカバカッ、お前、男だろ! もっと踏ん張れッ、ちょ、隊長失礼致します!」 

 千羽はもう駄目だと諦める少年を脇に抱えバタバタと部署を飛び出した。

「もう十秒持てよ、頼むから!」
「う゛ぇ……」
「五秒でいい!」

 回廊から派手な会話のやり取りが聞こえてくる。
 部屋に残された郡是とその場にいた数名の部下は妙な沈黙に襲われていた。
 シン、と静まり返る空気に耐えながらアイコンタクトを取る部下達だったが、ふと部下の一人が郡是に言う。

「副隊長。異例子といつの間にあれほど親しくなったのでしょうか?」

「……奇遇だな、俺も同じことを思っていたところだ」

 取っ付き難く自他共に厳しい性格をしている郡是さえも、こればっかりは部下達と同じ気持ちだった。
   
 
 
  
 時刻は暮夜に入る刻。
 
 午後いっぱいに掛けて行われた取調べは一区切りを打つことができた。
 
 本当は一日掛けて取調べを行いたかったのだが、聖堂に大きなトラウマを持つ菜月が限界だと申し出たため取調べは一区切り打たれることになったのだ。
 それに日も落ちてしまった。夕方までには家に戻さないと後々厄介な事になる。いやもう既になっているかもしれない。
 
 異例子の兄姉が帰っていないことを願いながら、千羽は菜月を背負って人通りの少ない回廊を歩いていた。
 
「怖い」

 身を震わせている菜月はしっかりと肩口を掴んでくる。
 少年は聖堂に入って始終これを口にしていた。泥だらけになったローブを着替える時も、取調べをしている最中も、休憩を取っている間も、小刻みに身を震わせていた。

(倒れそうだな)

 そう思うくらい異常なまでに聖堂に怯えていた。
 今もそう。早く聖堂を出たいと繰り返し口にしている。
 
 千羽はなるべく聖堂から出てやろうと気を回し、早足で回廊を歩いた。
 隊長の命もあり、周囲の目を気にしながら人通りの少ない回廊を歩いているのだが、どうしても人目を完全に避けることはできない。

 擦れ違った天使は口々に「あれって異例子?」「あ、そうかも」「フードで顔見えないけど絶対そうだろ」と感想を述べ、此方を見てくる。
 
 まるで珍獣を見るような眼だ。
 時に嫌悪感を含む眼も飛んでくる。気味が悪い、そんな声も何処からともなく聞こえてくる。
 これが異例子と呼ばれた少年が常に向けられている眼差し。声。気持ちなのか。
 
 なんて居心地が悪いんのだろうか。
 千羽は思う。人の目がこんなにも気持ち悪いと思うなんて。
 恐怖心で余裕が無いのか、それとも慣れてしまっているのか菜月は周囲に対して何も返さない。
 
 しかし不意に菜月が口を開いた。

「下りましょうか?」

 気遣われているのが分かった。
 千羽は素っ気無く返す。

「早く聖堂から出たいんだろ? 黙っておぶられてろ」

 そう言うと菜月は苦笑いを零した。
 
「何だかんだ言って貴方は面倒見の良い人ですね」
「仕事だからな」
 
「仕事でもここまでする人はいませんよ。俺に気を遣うなんて……貴方は変わった天使ですね。お人好しです」
 
 自分は変わった天使なのだろうか、お人好しな天使なのだろうか。

 他人にすることを異例子にしている。ただそれだけの話。話なのだ。
 それに自分はお人好しなのではない。自分は異例子の大切な友人を事故だとはいえ、死なせてしまったのだから。異例子が知ったら自分をどう思うだろうか。やはり殺人者だと思うだろうか。
 



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あきゅろす。
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