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03-11




 嗚呼―。
 
 確か隊の長に異例子を連れて来いと仕事を頼まれたのは八時半過ぎ。異例子のいる家に向かったのがその直後で、家に辿り着いたのは確か九時。それから異例子を連れて西大聖堂に行くまで三十分も掛からない。
 つまり九時半過ぎには異例子を西大聖堂の上司のいる部署に届けている予定だったのだ。
 

 それがあれよあれよとしているうちに正午になる一時間前。
 

 不味い、非常に不味い。上司は仕事にとても厳しい。
 自分を信用して仕事を任せたというのに、チンタラチンタラと時間を過ごしていたと知ったら。嗚呼、今頃おかんむりに違いない! 鬼隊長の説教は地獄を見るより恐ろしいのだ!
 
 柿色の短髪を靡かせながら千羽は踵を返し、菜月の腕を掴んで駆け出す。
 「うわっつ!」足が縺れそうになる少年に、「全力で走ってくれ!」千羽は頼み倒した。少しでも時間が惜しい。こうしている間にも隊長の怒りボルテージが上がっているに違いない。

 走りながら菜月に言うと、「俺は運動が駄目なんです!」もう無理、走れないと音を上げた。
 
 体力無さ過ぎだろと千羽は呆れながら、少年の嘆きを無視して西大聖堂へと向かった。
 今の時間帯ならば、きっと全身全霊を込めて謝れば許してくれるに違いない。…多分。おかんむりの隊長を想像した千羽は身震いをする。これ以上の時間ロスはごめんだ。 


(やばいやばいやばいっ、郡是隊長の説教だけは絶対に回避しないと!)


 下手すれば徹夜で説教されかねない。
 たらたらと冷汗を流しながら走っていると、「副隊長、前! 止まって下さい!」菜月が悲鳴を上げた。
 
 何事だとばかりに前方に目を向けると道端に真っ白なペンキで塗りたくられた木の看板。その看板には、赤文字で『この先、家庭ポンプの工事中』と記して―…バッシャーン!
  
 

 *  
  
 
 
 西大聖堂、聖保安第五隊部部署。
 
  
「……。揃いも揃って千羽、なんだその格好は」
 
 
 時刻は正午前三十分過ぎ。
 
 重々しく溜息をつき、郡是はようやく部署に訪れた部下と異例子に目を向けた。
 水をたっぷりと含んだローブは見るからに重量がありそうだ。両者とも純白のローブは泥だらけ。ローブからポタポタと落ちる水滴は髪先からも止め処なく滴り落ちている。ついでに顔も泥だらけ。なんて情けない姿で現れるのだ。郡是はまた一つ溜息をついた。
 
 「申し訳ございません」疲労しきった声で千羽は遅れたことを謝罪。聖堂にトラウマを持っている異例子は気分が悪いとばかりに四隅のスツールに腰掛け、「此処は怖い」と身を震わせている。

 少年の具合を窺いながら千羽は上司に報告する。トラブル等があり、遅れてしまったと。
 「トラブル?」まさか異例子が何かしたのか、郡是が尋ねると千羽が答えるよりも先に少年が冗談じゃないと声音を張った。
 
「副隊長がトラブルを起こしたんですよっ。俺はあれほど止まれって言ったのに…うぇっ、気持ち悪い。此処は怖い」
 
 おぇっと口元に手を当てながら抗議する少年。
 余計な事を言うなとばかりに千羽は羞恥を噛み締めながら、スツールに腰掛けている菜月に歩み寄り、胸倉を掴んで大きく揺すった。


「異例子! お前。やっぱり厄介な能力を持ってるんだろ。例えばトラブルを呼び寄せる力とか。じゃないととこんな…ほんと有り得ねぇって!」

「それをなんて言うかお教えします。責任転嫁と言うんですよっ。
大体、千羽副隊長がトラブルばっかり起こしてるじゃないですか。流聖とぶつかったのも副隊長。工事中の穴に落ちたのも副隊長。極め付けに西大聖堂の裏門から入ろうとして不審者扱いされたのも副隊長のせいじゃないですか!」

「さ、最後のはお前のせいだろ! お前が『聖堂に入れません!』とか嘆き喚いてその場に座り込むから、親切にお前を担いで入ろうとしたら…、兵に見つかって不審者扱い。危うく捕まるところだったろ! お前は俺を笑い者にしたかったのか!」





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