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18-18



次の瞬間、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイいたいイタイ―…!

 
発狂したように胸を押さえ、異例子はローブを握り締める。

痛みに身もだえ苦痛を露にする菜月は自らの腕を噛んでその痛みから逃れようとした。


結果、腕は瞬く間に内出血から外出血に変化する。
 
 
只事ではない光景に逸早く駆け出したのは、螺月の腕の中にいた柚蘭だった。
 
消耗した体への気遣いなど念頭になく、滑り込むように両膝をつき、「菜月!」どうしたの、何処が痛いの? 声を掛けながら体を抱き起こす。

遅れて駆け寄った螺月は、痛みから逃れようとしている弟の腕を口から無理やり放させようとする。しかし強い力で噛むばかり、放す気配は見せない。


何がどうしたのだろうか。

困惑する柚蘭は末弟の体に目を向ける。そこには傷らしき傷が見えない。治癒されたのだろう。

ということは末弟の生死論は前者―…、いやしかし、この事態はなんと説明すればよいのか。


「ッ…、菜月。何処が痛いの? もう一度治癒するから」

「菜月! 聞こえてっか?! 口を放せ、噛むな!」

 
まるで聞こえていない様子。

痛みの底なし沼に落ちたようにもがき、苦しみ、腕を食む。口角から腕の流血が垣間見えた。

もう一度治癒魔法を施すしかないと踏む柚蘭だが、魔力どころか力という力さえ出ない。

だからと言って螺月は治癒魔法は扱えない。どうすれば。

  
「無駄だ。柚蘭、お前の創力は魔力と合わせて既に零だ」
 
 
その皮肉を宿した声音は。
  
   
「“聖の洗浄”はその魂と肉体をひっぺ剥がされる。伴う痛みは手足を切られるよりも、腸を抉られるよりも苦痛帯びているそうだ。菜月は魂と肉体の乖離を無理やり繋ぎとめられ、心肺を活動させられた。感じられなかった痛覚も復活するだろう。例え無効化にしたとしても、その痛みまでは無効にはできない」
 

ぎこちなく柚蘭が視線を上げた先にいたのは、自分達の前から姿を消した筈の博学の天使。
 
都合が悪くなり、その場を逃げ出したと思っていた鬼夜灯月だが(何故。磁界がある聖界で自由自在に移動魔法を使えているのだろうか?)、虎視眈々と自分達の動きを見守り、頃合を見計らって姿を現したのだろう。
  

喫煙をしながら此方に歩んでくる実父に柚蘭は無我夢中で末弟を抱き締め、螺月は殺気立って自ずの武器を召喚した。
 
助太刀した方が良いのかどうか、拓海達は判断に悩んでいたが雰囲気で敵だと判断。助太刀しようと駆け出した。

否、体が動かないことに気付いた。瞠目する拓海が璃子に視線を送る。璃子も同じ表情を返してアイコンタクト。彼女も動かないらしい。


博学の天使は幻術で先手を打ったようだ。第三者に邪魔されぬように。


「面白いものを見させてもらった」


まったくもってお前等は研究に多大なる刺激を与えてくれる被験者だと、博学の天使は肩を竦めてくる。

「テメェ」どっから見てやがった、螺月の低い声に最初からだと灯月。

あの霊安室から脱した後、自分達が輪廻大神殿の裏口から飛び出し此処まで逃げるまでの過程。


此処に辿り着いた後の行動、一部始終見させてもらったのだと口角を持ち上げる。

 
「まさか柚蘭。お前が異例子を魂と肉体の乖離を防ぐとはな。まあ、不安定なことには変わりないが……、柚蘭、お前は創力を抑え込んで自分の物にしようとした。新種族の血が弱いにも関わらず、創力を抑え込め自分の糧にした。実に面白い」

 
だが柚蘭も螺月も創力を使った今、メタモルショックで極端に体が弱っている筈だ。

お前等を相手にするなど赤子を相手にするも同然。さあてどうする? この危機。

お前等が自分に服従するなら、さっきも言ったように匿ってやらんこともない。サンプルとして服従するならな。


―…と言ったところで、お前等は愚かな選択肢しか取らない。お前等の父親なんだ。ガキの心中はお見通し。
 

「まったく賢くないガキ共だ。仮にも自分の子だというのに」
  
「お前のガキって事実すら否定してぇよ! 俺達が愚かな選択肢を取ったら、テメェはどうするってんだ!」
 

螺月の威勢は良いが、体の自由が利かないことは目前の男にはお見通しである。

だからこそ螺月は焦燥感を抱いていた。先程、大量に創力を発揮した。その前から負傷の体にも関わらず、不休で中央区まで赴き、輪廻大神殿に侵入したのだ。体力は限界点に達しそうである。

 
同じく柚蘭も初めて発動させた創力に体力が殆ど残っていない。せいぜいできることといえば、悶絶している末弟を抱き締めて守ることだ。
 

余裕綽々に、そしてシニカルに笑みを浮かべる鬼夜灯月は持ち前の黒髪を夜風に靡かせる。

次いで、「まあいい」今回は見逃してやらるさ、と不可解なことを口走った。

何を目論んでいるのだと唸る螺月に、「これでも自分は子思いでな」三兄姉はいつも一緒にいさせてやりたいという親心があるのだと目を細めた。


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あきゅろす。
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