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03-07

   
 
 
 と、子供の腹の虫が鳴る。 


 「ご、ごめんなさい」声音を上げて流聖は恥らった。
 謝罪した傍からまた腹の虫がぎゅるるる、ぎゅるるる、ぎゅるるるる。

 赤面する子供に異例子はお腹が減ったのかと尋ねる。
 おずおずと流聖は答えた。昨晩から何も食べていないのだと。けれど我慢できないわけではない、流聖は元気よく言うが腹の虫も活発だ。腹の虫がまた聞こえた。

 何故、昨晩から何も食べていないのか。
 千羽には尋ねる事が出来なかったが、なんとなくやり取りを見ていて行動しなければならないと思った。周囲に並ぶ出店に目を配り、そっと会話に加担する。
 まだ自分には気を許していない流聖は怯えの表情を見せてきたが、千羽は出店を指差し「何か買ってやるよ」と微笑する。瞠目する子供に千羽は言葉を付け足した。
  
「不注意で痛い思いをさせたからな。それくらいの詫びはしないと。流聖、甘い物は好きか?」
 
 呆気に取られていた流聖だが千羽の申し出と表情に警戒心を解いたのか、異例子に向けていた微笑を千羽にも向けた。千羽も自然に笑みが零れる。久々に笑みが零れた気がした。
 ここ最近、笑うという感情の出番がまったくといっていいほど無かったのだ。
  

 出店のひとつに立ち、千羽は子供のために揚げパンを購入した。

 「お兄ちゃん達は食べないんですか?」子供が遠回し遠回し一緒に食べたいと言ってきたため(目が期待に満ちていた)、千羽は自分の分と嫌々ながらも異例子の分を購入する。仕事が脳裏に過ぎっていたのだが、なんとなく子供の願いを叶えたかったのだ。
 
 異例子は自分の分まで買ってくれるとは思わなかったとおどけたように笑った。
 千羽が嫌がっていることを見抜いていたようで、「奢り分の恩は返しますから」と耳打ちをしてきた。べつに返してもらわなくても結構だ、自分はそんなにみみっちい性格ではない。子供に聞こえぬようぶっきら棒に返すと異例子は寛大な性格だと可笑しそうに笑った。それは異例子という顔ではなく、ひとりの少年としての顔だった。
 

 近くに噴水が設けてあったため、三人は噴水の縁に腰掛け揃って揚げパンを食べた。

 本当に空腹だったらしく流聖は一心不乱に揚げパンを食べていた。
 あっという間に大きな揚げパンを食べてしまうものだから、異例子は自分の分を半分に割って子供に差し出す。「まだ足りないでしょ?」行為に甘んじ、流聖は揚げパンを口に運ぶ。それでも物足りそうにしているものだから千羽も半分差し出すことにした。
 
 こうして二個分の揚げパンを平らげた流聖は満足そうに腹を擦っていた。
 

「おごちそうさまでした。ぼく、とても幸せです」


 ホクホクとした顔で礼を告げる流聖に千羽はどうってこないと微笑を返した。喜んでもらえたなら光栄だ。そう返すと流聖はまた一つ笑みを零し、「今日はとてもついてます」と幸せそうに言った。
 
 こうして人に優しくしてもらっただけでなく、本当の名を呼んでもらい、更に揚げパンを奢ってもらったなんて幸せ極まりない。一生分の幸せを貰った気分だと流聖は綻んだ。至極大袈裟な物の言い方だったが、流聖は至って真面目に発言していた。
 困惑に近い感情を抱く千羽に対し、異例子は流聖の頭を撫で「良かったね」と言葉を掛けた。「はい!」流聖は元気よく返事をし、本当に幸せだと誇らしげに笑った。


「こんなにも優しくしてもらったことないので、ぼく、とてもとても幸せです。菜月お兄ちゃん、司お兄ちゃん、本当にありがとうございます。ご恩は一生忘れません」

「そこまで大きな恩を売った覚えはないんだけどな」


 苦笑いを浮かべる千羽に、「そんなことありませんよ」流聖は全力で言葉を否定した。




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あきゅろす。
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