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03-06




「忘れて下さい。これはただの戯言です」
 
 
 異例子は苦笑いを零し、今の話は忘れて欲しいと千羽に頼んだ。
 黙然と話を聞いていた千羽は言いようのない、また名も知らない感情に襲われていた。それが聖界の現状なのか、人と違うだけでそうも肩身が狭いのか。喉元まで言葉が出掛かった。
 

 どうにか飲み込み、化け物と呼ばれている異例子を改めて観察する。 
 
 
 “化け物”と呼ばれてるわりには普通の少年だ。
 こうやって会話のやり取りを交わせるし、先程の少年には微笑を見せるし、聖保安部隊には度々皮肉を飛ばす。子供染みた態度を取ることもあれば、人を気遣う優しい一面もある。異例子の面以外に変わっているところといえば、魔界人と繋がりを持ったところだろうか。掟を平然と破った。

 それ以外に変わっているところはない。自分と同じように笑うし、皮肉を飛ばすし、人を気遣える。
 嗚呼、亡きセントエルフの言葉が蘇る。
 
 
『正義を貫くなら弱い者を助けてあげてねん、差別されてる人達を。理不尽な理由で差別されている人達、貴方が守る聖界には沢山いる』
  
 
 自分も無意識の内にあの天使少年を区別していたのだろう。
 だから少年は極端に自分に怯えていた。自分が区別する目で見たから。否定は出来ない。確かに自分はあの少年を何処かで区別していた。差別にまで達してはいないと思うが左翼しかないことに対し区別はしていた。

 弱い立場にいる天使少年を区別した、なんて聖保安部隊ともあろう自分が。聖保安部隊に入隊した時、自分は弱気者達を守ると固く誓っていたのに。
 

 タッタッタ―。

 軽快な足音が聞こえてくる。

 
 千羽は菜月と共に立ち止まり、後ろを振り返った。そこには先程の天使少年が自分達の、正しくは異例子の後を追って駆けていた。
 全力疾走してくる天使少年は異例子のローブを掴むと足を止めた。はっ、はっ、と息を弾ませながら彼を見上げる。咎めることなく微笑を零す異例子は、「どうしたの?」と身を屈めて天使少年に声を掛けた。

 天使少年は目を泳がせ、「あー」とか「うー」とか意味を成さない言の葉を漏らした後、勢いよく異例子を見上げた。
 

「ぼ、ぼく。流聖、漣 流聖(さざなみ りゅうせい)って言います!」

 
 名を教えたかったのだろう。
 やや緊張した面持ちで異例子を見つめ反応を待っている。異例子はキョトンと流聖と名乗る幼い子供を見下ろしていたが、ふっと笑みを零した。


「流聖、か。とても良い名前だね。俺に教えてくれてありがとう、流聖」
 

 異例子が名を呼ぶと幼い子供は緊張が解けたようにはにかんだ。

 「お兄ちゃんは悪い人じゃないです」流聖は笑みを零したまま異例子に言った。悪い人じゃない、全然悪い人じゃない、と。
 「わかんないよ。実は極悪人かも」と言う異例子の台詞を大きく否定した。強く強く否定した。だって自分の見る目がとても優しい、カタテンに優しくしてくれた。だから悪い人ではない。自分にはそう見える。子供は何処と無く嬉しそうに表情を崩す。
 

「お兄ちゃん。お名前、もう一回教えて下さい。ぼく、お名前でお兄ちゃんを呼びたいです」
 

 小さなオネダリに異例子は快く受け入れた。

 自分の名前は菜月、鬼夜菜月だと子供に教える。子供は何度も名を反芻した。咀嚼するように名を噛み締め、紡ぎ、そして胸に刻み込む。「菜月お兄ちゃん」たどたどしく名を呼んでくる子供に異例子は答えた。「なあに、流聖」と。

 静観していた千羽にはとてもクダラナイやり取りに思えたが子供は無邪気に喜んだ。それはそれは贈り物を受け取ったかのように笑顔を零した。
 名を呼ばれることが子にとってどれほど大切なのか分かるものだった。
 



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