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03-05


  
 ビクビクと怯えている天使少年を見下ろしていると、異例子が被っていたフードを取り、子供に向かって微笑を浮かべた。
 それは千羽が初めて見る、異例子の微笑みだった。笑みもきっと汚らしいなどとイメージはあったのだが、思ったほど異例子の笑みは普通だった。
 

「カタテンか。俺はね、異例子。聖界ではちょっとした有名人なんだけど知ってる?」

「……。え? 異例子? お兄ちゃん、あの異例子なの? すっごく悪い人だって有名なんだけど」


 一変して瞠目する天使少年に異例子はおどけ口調で言った。


「そうだよ。俺はわっるーい異例子。でも一応、鬼夜菜月って名前があるんだ。君も名前があると思うんだけど、良ければ教えてくれないかな? それとも、わっるーい異例子には教えたくない? うん、それはそれでいいんだ。君が教えたくないなら無理には聞かないよ。でも一つだけ。怪我は無い? 痛いところは無い?」

 
 それに答えてくれたら十分だと天使少年に微笑む異例子。
 怖じていた天使少年だったが彼の微笑に目を見開き、何度も差し出された教科書等と彼の顔を見やっていたが、怪我も痛いところも無いと小さく答える。差し出されたそれを受け取り、鞄に仕舞う天使少年にまた一笑し、異例子は子供を立たせてローブについた砂を払い始めた。

 「怪我無くて良かった」払いながら異例子が目尻を下げると天使少年はどことなく嬉しそうに表情を崩す。そんな少年に微笑を返し、異例子は手に付いた砂を払って腰を上げると彼の頭を撫でた。
 ほわぁっと天使少年の取り巻く空気が和らぐ中、異例子は言う。「ぶつかってごめんね」と。
 

「こっちも不注意だったんだ。今度から気を付けるから」

「お兄ちゃん…、ほんとに異例子ですか?」

 
 「ん?」異例子が軽く聞き返すと、「優しいですもん」天使少年は噂の“異例子”だとは思えないと発言した。片方しか翼がない自分にこんなにも優しい、本当に噂に聞く異例子なのか。悪い人なのか。積極的に、そして繰り返し繰り返し尋ねてくる。

 異例子は間髪をいれず答えた。自分は噂の異例子、そして悪い人なのだと、おどけ口調に。笑顔を零しながら。


「だからお兄ちゃんと話したことは忘れないと。お兄ちゃんは悪い人だから。ホントだよ? だって俺、後ろにいる聖保安部隊のお兄ちゃんに見張られちゃってるんだから。さあ、もう行って。お兄ちゃん達は大丈夫だから。ね?」 


 ふふっと笑声を漏らし、異例子は再びポンポンと天使少年の頭を撫でてフードを被り直すと突っ立ている千羽に声を掛けた。
 
 千羽は異例子とその場を後にしながら疑問を抱いていた。
 
 あれほど天使少年は怖じていたというのに、自ら異例子と名乗る菜月には怖じの念を霧散させた。異例子と分かっているのに。優しくされたから怖じが消えたのだろうけれど。
 疑問はそれだけではない。あの少年は何に怯えていたのだろうか。天使少年の異常な怯えに千羽は疑問を抱いていた。


 取り敢えず異例子に「子供の扱いが上手いんだな」と皮肉を込めて言う。

 すると異例子は苦笑いを零し、「なんとなく分かったんですよ」子供の気持ちが分かってしまったのだと目を伏せる。
 

「あの子の目は区別されることに怯えていました。だからなんとなく」

「区別?」


「千羽副隊長。人と違うって区別されやすいんですよ」


 本人がそうじゃないと思っていても、他人にはその人がまるで別の生き物だという目で区別される。
 区別はやがて差別へと変わります。カタテンと名乗ったあの子は、きっと生まれながら周囲に区別され、差別されてきたんだと思います。

 だから他人にあんなにも怯えていた。
 ぶつかった貴方にも、傍にいた俺にも怯えていた。異常なまでに詫びを口にしていたのは、区別されるような目で見られないよう必死だったんじゃないでしょうか。

 これは俺の憶測にしか過ぎませんけど、多分あの子は聖堂に通えない身の上だと思います。
 今の時間帯、聖界の子供達は各々の聖堂で勤勉に励む時間なんでしょうけどあの子は周囲の目を気にし、他人に気遣い、そして区別される眼に怯えているから、西図書館にでも行って勉強をする。そんな気がします。俺も昔、そうしていましたしね。


 人と同じになりたいのになれない。


 だったらせめて傷付かないように、と人目を避けて暮らすしかないんですよ。―…なんて、貴方に語っても仕方が無いですね。




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あきゅろす。
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