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01-21



「そうそう、菜月くんが作ったパウンドケーキ。勝手に一個頂いたから。人間界は食べ物も美味しいな」

「あれは床に落ちたものですよ」
 
「ちゃんと食べれたよ。ジャムは中身が零れてしまっていたから、どうしようもなかったけどさ。残りは螺月や柚蘭さんと一緒に食べなよ。そのために作ったんだろ?」
 
「ただ単に作り過ぎただけです」

 顔を顰める菜月に対し、

「そういうことにしてあげて欲しいんだ」

 朔月は目尻を下げた。 

「俺さ、もう何年も螺月とつるんでるからあいつのことよく知ってるんだけど。螺月は菜月くんのことで凄く後悔してるんだ」

 毎日のように自責してさ。俺に言うんだ。
 『手を振り払った』『小さかったガキに非道な仕打ちをした』『守ってやらなきゃいけなかったのに』って。あいつは自責が十八番だからさ。
 そうやって自分責めて、君に申し訳ないことをしたって思っている。

 菜月くんからしたらどうでもいいことかもしれないけど、螺月は自分の罪に気付いて、君の大切さを知って、自分は兄貴なのにって毎日のようにおのれを責めて。君の前じゃそんな素振り、一切見せてないようだけど螺月は凄く後悔してる。 
 君に螺月を赦せなんて言うつもりないよ。部外者の俺がとやかく言うことじゃないだろうしさ。

 けど一つだけ、君に知っていて欲しい。 

「螺月、ずっと後悔している。ずっとずっと君を家族として愛してやれなかったことに後悔している。それだけを知っていてほしい。それが今の螺月の姿なんだってことを。柚蘭さんも螺月と同じ気持ちなんだって思うよ」

 今の姿――妙に胸の奥にズッシリと圧し掛かった。

 そういえば自分はいつも彼等の過去の面影しか見ていなかった。
 いつも突っぱねていたから、今の彼等を知らない。知っているようでそれはすべて過去の彼等だ。風花との仲を裂こうとした事実はあるけれど、それは自分を思ってのことだと菜月は心の片隅で知っている。今の彼等がよく分からないのは今の彼等をよく知らないせいかもしれない。

 ダンマリになる菜月に、

「また暮らせるって喜んでたよ」

 朔月は微笑んでもう一眠りするよう告げてきた。
 体は休養を欲していると思う。だから眠った方が良い。彼に言われるがまま菜月は眠ることにした。
 今は背の火傷のことで思うように思考が回らない。そう口実を付けて。
  
 
 次に菜月が目を覚ますと朔月の姿が消えていた。彼は帰ってしまったようだ。
 
 代わりに視界に飛び込んできたのは母譲りの優しげな容姿を持つ姉。
 火傷を負った自分の背に塗り薬を塗ってくれている。
 触られてもあまり痛みを感じないことから随分傷は回復したのだろう。文明に魔法が溶け込んでいることはある。自分の住んでいた世界であれば、全治1ヶ月の火傷だったろうに。

 目が覚めたことに気付かない姉は、一生懸命に薬を塗ってくれる。

「痕が残るかも」

 溜息をつく姉の面持ちに居た堪れなくなり、菜月は狸寝入りをすることにした。
 今、目を開けても彼女と何を会話すればいいのか、菜月には一抹も答えが見えない。

 早く部屋から出て行ってくれないだろうか、憂鬱だ。
 目を閉じて枕に顔を半分ほど埋めていると、微かに聞こえてくる開閉音。兄が部屋に入ってきたのだ。

「菜月は?」

 心配の色を声音に漂わせている兄の問い掛けに、「まだ眠ってるわ」と、姉は小さく苦笑。
 そっと頭に手を置いて、優しく撫でてくる。女性特有の良い香りとぬくもりを感じた気がした。
  
「お医者さまが診てくれたからもう大丈夫。でも火傷の痕は薄っすらと残るかもしれないって――打撲や火傷以上に、心の傷が残らないか不安だけど」

「ああ、そうだな。聖界に戻って二週間でこれだもんな。周囲に対する異例子の認識を甘く見ていたよ」

 スツールに腰掛ける螺月は神妙な面持ちを作りつつ、

「こいつもやんちゃだから、聖保安部隊に喧嘩売るような発言したんだろうな」

 苦笑して末弟の頭を小突いた。
 まさか菜月が狸寝入りしているなど、露一つ思っていないだろう。
 
「聖保安部隊のことを、すぐにでも俺等に報告してくれば良かったっつーのに。こいつは一人で背負い込もうとしてさ。そういや昔、菜月は母上にも手を上げられていた時期があったよな。俺等は知ってても、見て見ぬ振りをしてきたっけ」

「ええ」
「となると菜月は頼ることを知らないのか……それともそう、俺等が追い込んでしまったか」

 本当は頼りたいのに頼れる相手も、相談できる相手もいない。自分の殻に閉じ篭る他ない。幼少の時に負ってしまった心の傷が癒えることなく、現在に至っている。そうに違いない。

「随分と避けられているしな」

 螺月は姉の手が引くと同時、己の手を末弟の頭に置いた。不慣れな手で頭を撫でる。


 

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