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少年と副隊長と聖界の街


  
 * *
 

 ―聖界西区(ウエスト・ブロック)― 
 
  
 その日、菜月はいつもとは違う時間を過ごしていた。
 
 普段であれば出勤する兄姉を見送った後、午前から午後にかけて家事に勤しんだり、ハーブ薬草の世話をしたりして一日の時間を潰すのだが今日は普段と一味も二味も違った。

 菜月は気鬱を抱く一方、やや気持ちが浮ついていた。
 深くフードを被って顔を隠し、お目付け役に咎められない程度に周囲をしきりに見渡す。そしてお目付け役に気付かれないように目を輝かせた。
 
 目に映るのは活気ある出店にカフェなどの店々。天使や聖人といった通行人。時にホーリードラゴンと呼ばれる家畜用ドラゴンが目に飛び込み、遠くからは時計塔の針の刻む音や聖堂の鐘の音が聞こえてくる。
 出入り口に架かっている白亜のアーチを見上げれば、綺麗な花の彫刻が彫られている。

 しかもその花の彫刻は生きてるかのように右へ左へと、まるで風に揺られているかのように揺れ動いている。人間界ではお目に掛かることのできない光景だ。
 
 恍惚にアーチを見つめていると、「ぼさっとするな」悪態を吐き捨てられた。感動が萎えてしまう扱いだが、今の菜月には扱いなどどうでも良かった。何故ならば、菜月にとって久しぶりの外界が目の前に広がっていたのだから。

 それは兄姉が出勤して30分ほど経った頃、聖保安部隊が菜月の元を訪れた。
 いつもよりも早い聖保安部隊の訪問に警戒心を抱いていると、副隊長の千羽が菜月にこう告げた。「今日は自分達と一緒に来てもらう」
 
 曰く、部署で自分の人間界についての取調べ等をしたいと言うのだ。
 
 部署は西大聖堂内にある。菜月は聖堂が大の苦手(というかトラウマ)だったため、その申し出を断りたかった。
 しかし菜月に拒否権は無く、命令だと千羽にぞんざいに言われ渋々と従った。逆らうことはできない身の上だと分かっていた。
 逆らえば、また人間界に残した風花をダシにされるかもしれない。風花に何らかの危害が及ぶかもしれない。縁が切れたとしても、繋がりを持っていたことは確か。ダシに使われないとも限らない。


 それだけは回避しなければ。

 強い気持ちを抱き、菜月は千羽と共に外へと出た。
 お目付け役は千羽のみで十分だと判断されたらしく、菜月は副隊長と二人だけで街を横切っていた。前を千羽が、後ろを菜月が、二人は一定の距離を置いて街中を歩く。
 

 異例子の名は聖界では有名過ぎるが、顔を知る者はさほどいない。顔を知る者は主に四天守護家、しかも自分の族内だ。一般市民等に顔は知られてはいない。だから安心して街中を歩けるものの、万が一という時がある。
 
 菜月は純白なローブの上からフード付きのベージュのローブを羽織り、顔をしっかりと隠しながら聖保安部隊と共に歩いていた。どちらにせよ、西大聖堂に入れば鬼夜一族で溢れ返っている。顔を隠す必要があった。
 
 『凄いっちゅーの』菜月の影から声が聞こえた。
 「ほんとに凄いね」聖保安部隊に気付かれないよう注意を払いながら、菜月は自分の影の中にいるカゲっぴに話し掛けた。


「ずっと家にいたから新鮮だね、こういう景色」

『ほんとだっちゅーの。家ばっかりだと飽きる! あ、そこにお菓子焼いてる店がある。恐がり菜月、行こうよいこうよ』


 クイックイッとローブの裾を引っ張ってくるカゲっぴに、「駄目だよ」菜月は苦笑いを零した。聖保安部隊がいるのに店に入るなんて、しかも自分は一文無しだ。店に入れたとしても買ってやることができない。
 ぶーっとブーイングが影から聞こえたが、菜月は家に帰ったら何か作ってあげるからと約束した。『じゃあクッキーがいい!』小鬼の我が儘に、はいはいと菜月は相槌を打つ。それで納得してくれるならクッキーでも何でも作ってあげるつもりだ。

 と、前を歩いていた千羽が怪訝な顔を作って振り返ってきた。
 

「異例子。お前、さっきから何をブツクサ言っている。独り言か?」
  
 



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