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16-19


 

「千羽司の救命をする。それはつまり、幹部達を敵に回すということです。尤も、あなた方が千羽司の意志を継がないと断言できないのですが。しかし千羽司の努力に免じて私も慈悲を与えることにします。幹部達に報告してあげますよ。“こちら側の味方についた”と」

 
 その代わり、千羽司には此処で死に絶えてもらわなければならないが。
 「どうします?」安行は二者択一を迫った。彼を助けるというのならば、それなりの手段を取らせてもらうし、彼一人を見捨てるというのならば幹部達に一報して身を庇うことも可能だと安行は告げる。それなりの手段、安行は何やら善からぬことを胸に抱いているようだ。
 
 「隊の長として」部隊を守るのは貴方の務めじゃないですか?
 そう、のたまってくるということは郡是が率いている第五部隊に何か危険が迫るということ。安行は幹部と密接に繋がっているようだ。善からぬことが起きる可能性は大。

 まさか百と一の精神が此処で利用されるとは。
 
 千羽司ひとりを助け、大勢の部下を危険に曝すか。それとも大勢の部下を助けるために、千羽司を見捨ているか。
 郡是は卑怯な二者択一に怒りを噛み締める。これが真相というのならば、千羽を見捨てられる筈がない。ずっと一人で重過ぎる真実を背負い、自分達の身を案じ、弱者を守り。犯した罪は聖界にとって赦されぬことだが、個々人にとっては、とっては、とっては。
 「郡是隊長」七簾が人命救助を優先させようと意見する。幾ら脅されても、彼の命にはかえられない。こうしている間にも彼の生命は呪に食い荒らされてしまう。七簾の訴えに郡是は理解を示す。分かっている、分かっているのだが。


 と、郡是のローブが力なく引かれた。

 
 視線を下ろせば、弱々しい笑みを浮かべる千羽が小さく首を横に振る。
 「貴方は隊の長…」部下を守る義務がある…、だから自分の事は気にしないで欲しい。自分は一端の犯罪者なのだから。そう、これは自分が独断の独善でしていること。聖保安部隊とは無関係なこと。単なる一個人の私情。庇う必要など何処にも無い。

 地面に爪を立て、その土を指と爪で抉り、無理やり上体を起こした千羽は自力で立ち上がろうと努める。
 二人が離れないのならば自ずから、離れてしまおうという魂胆なのだろう。「駄目とですよ!」七簾が止めても、千羽は煩いと突っぱねる。「千羽…っ、貴様」隊の長の苦悩を見越した行動に、馬鹿だと心中で毒言。何処まで人が良いのだ。そしていつの間に、自分以上の器になったのやら。
 
「貴様が馬鹿なら」

 部下の苦悩を一抹も理解できていなかった俺は底知れぬ阿呆だ。
 郡是は下げていたバスターソードを持ち上げ、次の瞬間数メートル先の地面に斬撃を飛ばして砂埃を舞わせる。

 目を見開く千羽を余所に、「七簾!」郡是は副隊長に怪我人を守れ、声音を張った。
 確かに自分は隊の長。部下を守るべき義務がある。大切な部下を守るべき義務がある。では千羽もまた、自分の部下であり、それを守るべき義務がある。そうに違いない。例え幹部に目を付けられようとも、だ。

「貴様の口から真相を聞くまでは死なせん。覚悟しとけ千羽。七簾、しっかり千羽を守っとけ。ついでにまた逃走しないよう見張っとけ」
 
 そうでなくっちゃ。もし別の返事を導き出していたのならば郡是の下を離れてしまおうかと思っていた。おどける七簾は大槌を召喚し、「地獄まで」お供しますとよ、その武器を大地に振り下ろして大地震を起こす。
 すると森に潜んでいた輩が態勢を崩した。自分達の部下ではない。先程から殺気を放っていた別の隊と神官らしき輩だ。


 答えを聞いた安行はやはりそうなるかと肩を竦め、夜空に高々と指笛を鳴らした。

 
 直後、木の陰から身を飛び出した隊員達がライフル弾を撃ってくる。安行は残念な逸材を失うことになったと肩を竦めた。「あなた方のことは寝返ったということにしておきますよ」まあ最初からそのつもりでしたけど、二者択一の無意味を口走り、安行は部下達に撃つよう命じる。
 応戦するために飛び出してきたのは、執行人を捜す振りをして一部始終を盗み見ていた第五部隊隊員達。その内、数人はユニコーンに跨り、颯爽と駆け出す。他の仲間に伝達するためだろう。事態はすぐ全員部下達に回る筈だ。

(なん、で)
 
 千羽は身を震わせる。
 なんで、自分を守ろうと皆が動いているのだ。


「いいか。これは正当防衛だ。相手が同じ聖保安部隊であろうと、正当防衛という名の下で反撃しろ! 緊急事態ゆえ、もはやこれは任務どころでない!」


 郡是の命令に返事する隊員達。

 嗚呼、最も恐れていた事態だ。自分のせいで皆を巻き込んでしまった。折角、犯罪を犯してまで縁を切ったと思ったのに。まったく、自分はつくづくツメが甘い天使のようだ。「ほんっと…」俺の努力は報われないと泣き笑いし、千羽は郡是に蹴り飛ばされたクレイモアを拾いに駆け出した。「千羽副隊長!」頓狂な声音を上げる七簾を無視し、千羽は銃弾を翼に受けつつ、武器を手に取ると力の限りそれを大地に刺した。

 銃で撃たれ、呪術で殻の限界を超えても尚、走れるのは、動けるのは、自分の背を蹴飛ばすのは守りたいという感情からだろう。




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あきゅろす。
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