これは新たな始まりのお話
これも小さなお話です。
遡ること数余十年前、争いの絶えない魔界のとあるところに見事なまでに銀に染まった髪を持つ悪魔がいました。
その悪魔はとても口が悪く勝気で不器用、そして寂しがり屋な性格をしておりました。
が、生まれ育った環境と性格上ゆえ、自分の強いところしか見せられず、弱いところを隠す必要がありました。
毎日のように繰り返される争いの中で育ってきた悪魔は一つの欲を抱いておりました。誰かに自分を見てもらいたい、と。
家族ではない誰かに自分を認めてもらいたい。
自分をよく理解してくれる者が欲しい。
何より心安らぐ場所が欲しい。
それを叶えるにはどうすれば良いのか、悪魔は考えました。自分なりに考えに考え、一つの答えを導き出します。
強くなればいい、と。
弱肉強食の世界で生まれ育った悪魔です。そういった考えしか思い付きませんでした。
悪魔は強さを求めました。
並々ならぬ努力をし、気付けば魔界に“魔界の三妖女”のひとりとして名を轟かせるまでにまで上り詰めました。
しかし、悲しいことに自分の強さは魔界に認められたものの悪魔は皆から恐れられる存在となってしまいました。
また自分の強さに縋ってくるように寄ってくる者もおりました。悪魔の抱いた欲は満たされるどころか手に入らず、遠退くばかりでした。
悪魔はとてもとても人の温もりに涸渇しておりました。心は荒れる一方でした。
ある日、魔界に嫌気が差した悪魔は人間界へと飛び出します。
平和な人間界で新たな生活を手に入れようと思ったのです。
けれども悪魔は人間界に来てすぐ後悔をします。
人間界には知人がひとりもおらず、身を置く場所が無かったのです。
さらに悪魔の自分を不審者だと思っているのか、人間は誰一人自分に近付こうとせず、寧ろ避けるばかりです。
悪魔はどうすることもできず五日間、人間界を彷徨いました。彷徨いに彷徨い、疲れ果て路地裏に身を置くことにしました。
冷たい雨に打たれながら、これからどう人間界で暮らしていこうかと膝を抱え、途方に暮れていました。
雨が止んだらまた歩こう。
良い案だといえる考えはそれくらいしかありませんでした。
「―――…こんなところに座っていると風邪ひきますよ、悪魔さん」
暗い気持ちに押し潰されそうになっていた時、ひとりの人間が悪魔に声を掛けてくれました。
それは人間の少年でした。
傘を差し出し、自分に微笑を向ける人間の少年に悪魔は大きく興味を抱きました。
成り行きで彼の家に転がり込むことになったのですが、彼の優しさに触れ、また自分の素の気持ちを糸も簡単に見抜く少年に、悪魔はあっという間に恋に落ちてしまいます。
それはおざなりな感情ではなく、彼の傍にいればいるほど募る本気の恋でした。
悪魔は少年と同居を始めます。仕事も一緒に始めます。何度も少年と衝突を繰り返しながらも仲を深めていきます。
少年はいつしか悪魔にとって良き理解者となっておりました。
それが嬉しくて嬉しくて、悪魔は彼に“女”として見てもらおうと努力をしました。振り向いてもらおうと努力をしました。
努力が実ったのは彼と出逢ってから二年の月日が経った頃のこと。
悪魔は少年と想いが通じ合ったことに至福を感じていました。少年がいれば何もいらない。
そう思うほど悪魔は少年の傍にいたがりました。
依存といっても過言ではありませんでした。
恋人としての進展は遅いものの、悪魔に不満はありませんでした。少年に寄り添い甘え温もりを感じていました。自分のすべてを受け入れてくれる少年が大好きでした。
状況が変わったのは、とある人間の少女との出逢いからでした。
それまで少年以外の世界を知らなかった悪魔は少女との出逢いで世界が広がりました。
少年のことは大好きでしたが、広がり始めた世界に悪魔は大きな興味を示しました。
そして人と繋がるあたたかさを知り、少年に囚われてばかりだった悪魔は広がる世界に目を向けるようになりました。
自分を友だと思ってくれる者達に囲まれ、大好きな少年の隣に並ぶ。
皆で笑い合う。
これこそ自分の望んだものだと悪魔は思いました。とうとう悪魔は欲していた安らぎの場を手に入れたのです。
―…別れは突然でした。
悪魔は大好きな少年や友人と悲しい別れを迎えることになったのです。
一度は涙を流した悪魔でしたが、残された友人達の支えもあり決意します。
もう一度、あの日々を取り戻そうと。
まだ終わらせたくない。このままでは終わらせたくない。強い気持ちに駆られていました。
これは小さなお話であり、悪魔にとって大きなお話です―――…。
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