03-03
気味が悪いとばかりに片眉をつり上げてくる千羽に皮肉の一つでも浴びせたくなったが以前、聖保安部隊と騒動を起こし痛い思いをした記憶がある。
こんなところで騒動は起こしたくないし、痛い思いももうごめんだ(あの一件で背に火傷の痕が薄っすらと残ってしまった)。
それにカゲっぴの存在が彼等に知られても不味い。
今は魔封の枷をしている自分の影にいるため、カゲっぴの存在が見つかってはいないが、もしも見つかったりしたら…。
「すみません」詫びだけ口にし、菜月はしっかりと口を閉じた。
相変わらず気味の悪い奴だと千羽は肩を竦め、さっさと前を歩き出す。失礼な奴だと心中で悪態を付きながらも、菜月は黙って後を追った。カゲっぴと会話ができなくなった菜月は再び街の光景を楽しむことにした。
実を言うと菜月は聖界の街を殆ど歩いたことがない。幼い頃は家にばかり引き篭もっていた上に、母親には外に出るなと命令されていた。度々西大聖堂に出向いてはいたが、街を通ることは無かった。
そのため、こうやって街を歩くのは菜月にとってとても新鮮なものであった。
擦れ違う通行人を忙しく目にする。堂々と街を歩いている天使や聖人、中にはエルフの姿も。菜月は酷く羨ましいと思った。人間だったために堂々と外も歩けなかった辛い過去がある。
人間でなければ、天使であれば、街を堂々と歩けたのだろうか。
ふと菜月の目に一軒の店が飛び込んできた。
そこは花が売っている店らしく、沢山の花が店内外に置かれている。聖界の花屋といったところだろうか。
思わず足を止めて菜月は花を見つめる。そういえば昔、母に花を贈ろうとしたことがあったっけ。花を買う金が無く、森で摘んだような。けれど贈ることはできなかった。
だって母が自分を見て泣くものだから。泣くものだから。
「おい、何をしているんだ」
千羽に声を掛けられた。
さっさと歩けと命令され、菜月はぎこちなく視線を戻し足を動かし始める。
摘んだあの花はどうしたっけ。結局贈ることも出来ず、自分の机の上に飾ったんだっけ。嗚呼、もしもあの花を母に贈っていたのならば、花はどうなっていたのだろう。イラナイと捨てられてしまっていたのだろうか。母が自分を捨てたように。
やめだやめだ。考えるだけ暗くなってしまう。
菜月はかぶりを振って前方を歩く千羽の後を追った。自分と距離を置きたいのか歩調はとても早く、しかし度々振り向いては気に掛けてくる。
千羽副隊長は極端に自分のことを嫌っている。謂わずも目がそう物語っている。気味が悪いと口に出していたくらいだ。他の聖保安部隊のようにあからさまな態度は出さないものの、千羽副隊長も心底自分を嫌っている。
慣れているとはいえ、自分も感情を持っている。
そういう眼を向けられるとへこんでしまう。菜月は小さく溜息をついた。外に出られたのは嬉しいが、千羽副隊長と二人っきりというのも精神的に疲れる。
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