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02-17


 
 食欲が感じなくなるほど眠気がピークに達しているのだと、菜月は腰を上げた。

「鍋にミネストローネが入ってるから」

 鍋を指差し、勝手に温めて食べておいて欲しいと説明。
 そのミネストローネというスープは人間界の料理、天使の味覚に合うかどうか分からない。不味かったら捨てて良い。淡々と説明をし、菜月はリビングキッチンを出ようとする。

 そんな末弟を呼び止め、柚蘭は今日のことを詫びた。

「待ってくれていたんでしょ?」

 そう言葉を掛ければ、菜月は間を置いて肩を竦めた。

「慣れないことをするもんじゃないって分かった。大いに笑ってくれて結構だよ」

「もう、どうしてそう捻くれたことしか言えないの。私達は嬉しかったのよ。今日は残念だけど、また明日、夕飯を作ってくれないかしら?」
 
 今度は三人で一緒に食べよう。
 末弟に頼むと、またたっぷりと間を置き「家事は俺の担当だろ?」と、だけ言ってリビングキッチンを出て行った。

 遠回し遠回しな言い方だったが承諾をしてくれたのだと分かり、柚蘭は笑顔を零した。
 様子を見守っていた螺月も苦笑いを零しながら「捻くれた奴」と、承諾を得られたことに喜びを噛み締めていた。

「あれってこれから飯も担当するって意味合いの回答だよな?」

「ええきっと。菜月、根は優しいから。さあ螺月、頂きましょう。今日は色んな事があってお腹がぺこぺこなの」

 柚蘭は完全に笑顔を取り戻していた。
 そんな姉の様子に螺月は微笑する。家族が笑ってくれるほど嬉しいものはなかった。

  
  
  
――リビングキッチンから和気藹々と聞こえてくる兄と姉の会話。

 それを耳にしながら菜月は廊下の壁に背を預けていた。

 実を言うと、菜月は二人がリビングキッチンに入って来た時点で起きていた。
 だから二人が仕事だけで帰宅が遅くなったというわけではないことを知っている。母というべき人物の見舞いに行っていたことを知っている。それでも菜月は彼等に何も言えなかった。寝たふりをするしかできなかった。
 
 彼等の会話を聞いていたら、どうしても自分から起きることができなかったのだ。
  
(今の家族と幸せに、か) 

 菜月は重々しく溜息をつく。 
 本当のところ、菜月は二人のために夕飯を作って帰りを待つつもりなどなかった。自分の分(とカゲっぴの分)だけ作り、さっさと食べて就寝してしまおうと思ったのだ。

 だがカゲっぴが異議ありとばかりにギャンギャンと騒いだ。

 いつも優しくしてもらっている兄姉の分も作ってやれよ! ついでに一緒に夕飯を取ってやれよ、自分はそうしたい! 二人は仕事をしているじゃないか! 恐がり菜月はニートだろ! 等々、結構痛い言葉を突かれてしまい、泣く泣く菜月は三人分の夕食を作り、兄姉の帰りを待つことにした。そして待ちくたびれて寝てしまったのだ。

 単に影小鬼のカゲっぴに言われてやったことなのだが、まさか二人があのような会話を交わすとは思わなかった。

(俺に認められるために努力する、か。それこそ昔の俺だよな。あの二人の姿は)

 嗚呼、嫌悪している二人の命を狙ったこともあるというのに、ほんと、自分は情に流されてしまっているのだろうか。二人と同居を始めてから色々と自分の中で狂い始めている。掻き乱されている。おかしくなり始めている。

 感情が狭間で揺れている。
 昔抱いていた感情と、今まで抱いていた感情との間で揺れ始めている。

「これ、なんっつったっけ? ミネ……ミネスト? 変な名前だったけど結構いける。やっぱ人間界の料理は美味いな。菜月の奴、普通に料理ができんだなぁ。俺なんて切る専門だから味付けがひでぇのなんのって。ゲッ…、あいつ、俺の嫌いなトト豆を入れてやがる」
 
「ふふっ、好き嫌い言ってたら弟に笑われちゃうわよ。お兄ちゃん」

「うるせぇな。べつに食えねぇとは言ってねぇだろ」 

 聞こえてくる談笑に耳を傾けていた菜月だったが、そっと壁から背を離し自室へと戻った。
 
 寝よう。
 眠気が襲っているのは本当のことだし、夕飯を取る気力も失せてしまったし。
 おのれの影にいるカゲっぴも待ちくたびれて眠ってしまっている(あまりに帰りが遅いため、先に夕飯を食べさせた)。兄姉の交わしていた言の葉を反芻しながら今日は眠りにつこう。

 自室に入る際、玄関口からドアベルの音が聞こえたが菜月は眠気を理由にそれらを無視することにした。こんな時間に訪問者、というよりもここを訪問する者など奴等しかいない。

 聖保安部隊に関わる気力も無く、菜月は自室へと入りベッドへと身を沈めたのだった。
 



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あきゅろす。
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