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理解できない、ではなく、知らないだけ。


 
 * *  

「お、気付いたみたいだな。おはよう、菜月くん」
  
 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 頭上から落ちてくる声に反応し、菜月は瞼を持ち上げる。
 まず目に飛び込んできたのは真っ白なシーツ。自分のベッドシーツだと理解した。次に目に飛び込んできたのは空色。

 その正体は天使の瞳の色だった。見覚えがあるような天使だが彼は一体。
 何度も瞬きをし、体を起こそうとした瞬間背中に痛みが走った。

「まだ寝てないと」

 制されてしまった。
 自分がうつ伏せに寝ているのだと気付く。ああそうか、自分は背中に熱々の木苺ジャムを被ってしまったのか。とんだお笑い種だ。

 溜息をつき、菜月は改めて天使に誰だと尋ねた。

 天使は間をおかず自己紹介をしてきた。鬼夜朔月、螺月の友達で親友だと教えてくれる。
 そういえば幼い頃、兄は空色の髪を持つ天使と一緒にいたような。この人があの時の天使か。で、その天使が何故自室にいるのだろうか。

 怪訝な眼を向ければ、朔月が微苦笑を零しながら肩を竦めた。
 
「話には聞いていたけど君は本当に聖界人に対して警戒心が強いな。そんなにガンを飛ばされても困るんだけど。ああ、別に何をしてるわけでもないよ。俺は留守番を任されたんだ。君をひとりにしておくと聖保安部隊がまた何かするかもしれないって、頼まれてね。君のお兄さんとお姉さんは聖保安部隊に殴り込みに行ってるから」

「殴り込み?」

「君に対する仕打ちにキレてね。俺に留守番と君を任せて隊長さんのところに。いやぁ、螺月のキレっぷりは慣れてるんだけど、柚蘭さんは凄かった。ほんと凄かった。女性を怒らしちゃいけないよ。うん、普段怒らない人ほど怒ると恐いって。あ、そうだ。机、勝手に借りてるよ。資料作成をしなきゃいけないんだ」

 仕事をするために机を借りていると言われ、菜月は勝手にどうぞと鼻を鳴らした。
 素っ気無い態度にも、「本当に天使嫌いなんだな」と、朔月は笑声を漏らすだけ。
 どうしてそんなにも友好的に話し掛けてくるのだろうか。自分は異例子で人間だというのに。

 疑念を抱いていると、自分の気持ちを見透かしたように朔月は答えた。

「菜月くんとこうして話したいと思うのは君が螺月の弟だからだよ。異例子には興味ないけど、螺月の弟だったら興味あるし。言ったろ? 俺は螺月の友達だって。それに俺、人間が好きなんだ。人間界のことをよく勉強してる」

「人間が?」
 
「魔法が使えない代わりに自分達のアイデアで暮らしを豊かにしようとするところとか。画期的な機具を発明するところとか。この前感動したのはエスカレータってヤツ。大感激だったんだ。誰が動く階段なんて発想を思い付いたんだろ! 動く階段だぞ、動く階段! 聖界人が頭を捻ったって思い付くことも無い発想を人間は考えてみせたんだ! 人間は素晴らしいな。人間も科学文明も、俺は大好きだよ」
 

 恍惚に語る朔月に菜月は呆気に取られた。

「いつか人間界と聖界が交流できたらって思うんだ」

 沢山の壁はあるだろうけれど、きっと同じくらい素敵な出逢いがあるに違いない。
 理想を語る天使は不意に周囲をキョロキョロと見渡すとこっそりとローブから物を取り出し、菜月に見せた。

 それは人間界では珍しくないシャープペンシルだった。

「これ凄いよな。俺のは型が古いけど今のって振ったら芯が出てくるんだろ? 俺たちの世界じゃまだ消しゴムなんて画期的な道具すらないから、書いたところを間違えればすべて書き直し。泣きたくなる! ガッデム!」

「なんだか、朔月さんって変わってますね」

 此処に来て初めてカゲっぴ以外の人に微笑を向けることができた。
 それは朔月が気さくに話し掛けてくれる且つ、天使のわりに人間くさいところがあるからかもしれない。
 
「どれくらい人間界お好きなんですか?」
「もう大好き過ぎて一日語れるくらいだ」

 朔月は誇らしげに言った。
 菜月の中で自然と彼に対する警戒心が解けていく。人間という種族は見下されがちだったため、こういう風に言ってくれる人がいると心が軽くなる。
 



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あきゅろす。
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