02-14
「実は鬼夜柚蘭殿、螺月殿に強い警戒心を抱かれてしまい…、やや監視がやり難くなりつつあります。
昨夕の話になりますが、我々が視察に訪れ、いつものように異例子のボディーチェック等をしようとしたところ、丁度彼等も御帰宅なさいまして。睨まれるどころか、また暴力を振るっているのではないかと疑いまで掛けられてしまいました。何度も説明はしたのですが疑いは強まるばかりで。
御兄姉は聖保安部隊を一切信用されてないようです」
「そうか。ある程度、予想はしていたが…、完全に溝ができてしまったようだな」
異例子はともかく、四天守護家であり兄姉でもあるあの二人と溝ができてしまっては厄介だ。何かと監視に支障が出る。
「厄介な事をしてくれたものだ」問題を起こした部下達に悪態をつき、明日は自分も監視に回ると郡是は千羽に言った。それは心強いと千羽は眉を八の字に下げた。本当に今日一日だけでいつもの三倍疲労したと隊の長に零す。明日も監視があると思うだけで気鬱になる。
顔を顰める千羽に対し、郡是は一つ吐息をついた。
「まあ、仕方の無いことだろうな。あの家族は周囲に差別されていた。その分、家族への想いは強い」
「とても仲が良いですよね、柚蘭殿と螺月殿は。よくお二人で買い物しているところを見掛けます。母親に病院にも通っているようですし。それにあの異例子のことも、とても親身になっていらっしゃる。掟を破ったというのに、家族扱いできるなんて尊敬してしまいますよ」
どうして異例子相手にそこまで出来るのだろうと首を傾げてしまう。一方で感服してしまう。自分が彼等の立場なら絶対に真似のできないことだ。とっくに見捨てているし縁を切っている。それをしないあの二人は本当に家族想いだと思う。
率直に意見すると、郡是はやや口を閉じて考える素振りを見せた。そして再び口を開く。
「償いたいそうだ」
「償い、ですか?」
「これは鬼夜螺月から聞いたことだが、その昔、何も出来ない幼い弟を追い詰め、最終的に見殺そうとしたそうだ。一つの命を死に至らしめようした。命を消そうとした罪に比べれば、異例子の犯した罪などなんてことない。奴はそう語っていた」
本当に重い罪というのは案外、陰に息を潜めてるものだとも話していた。
自分の罪は咎められねぇで、異例子の罪は咎められる。変な話だと鬼夜螺月は苦笑いを零していた。異例子は魔界人と繋がりを持っただけ。だが鬼夜螺月は一つの命を揉み消そうとした。ひとりの心を深く傷付けた。
千羽、貴様はどっちが重い罪だと思う? 化け物として生まれてきた命を奪う罪と、魔界人と繋がった罪。貴様だったらどっちが重いと思う?
「俺達で例えると正義のために罪人の命を奪うか。それとも罪人の命を救い、正義に背を向けるか、だな。どちらが重いのだろうな」
隊の長の問い掛けに千羽は心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥った。
どちらが重い、己の中の天秤にかけてみるが答えは出ず。容易に意見することはできなかった。口を閉ざす千羽に構わず、郡是は言葉を重ねる。
「聖界の思想。百の民のために一の民を切り捨てる。果たしてそれがすべて正しいのか、俺には正直分からん。時に百が間違っていることもあるだろうに。一には救う価値さえもないのだろうか?」
「郡是隊長…」
「俺は一を幾度と無く切り捨ててきた。それが聖界のためだからな。聖保安部隊は四天守護家と共に聖界を守る組織。迷いは不要だ。
だが時折、一を切り捨てることに罪悪感を覚える。一個人の私情など聖界にとってただの荷物。不要だと分かってはいるが、ふとした拍子に厄介な感情に駆られてしまう。今の貴様と同じだ」
自分も千羽と同じような気持ちに駆られる事があるのだと郡是は教える。
けれども自分は四天守護家鬼夜直属の聖保安部隊五隊隊長。そういう念は聖界にとって邪魔にしかならないのだ。私情を持ち込んでも他の隊や聖界全体に迷惑が掛かる。
一個人の感情など聖界には不要なのだ。
「話が逸れてしまったな。兄姉の話に戻すぞ。とにもかくにもあの兄姉は家族の念が強く、異例子であろうと人間の少年を家族として見ている。こちらのやり方に憤怒し、信用を失ってしまったのも仕方の無い話だ」
それに今回のことは完全に此方に非がある。文句も何も言えない。徐々に信用を回復させていくしかないと郡是は語る。
「今からあの家に行かなければな」という直後の郡是の言葉に、気持ちを沈ませていた千羽は首を傾げる。何故、またあの家に行かなければならない? とっくに日は暮れ、午前様が訪れようとしている刻なのに。
理由を郡是に尋ねた。彼は即答。「兄姉はジェラール・アニエスの死亡を知っている」
要は口止めをしに行くというのだ。それが長命令なのだから。兄姉は異例子と同居をしている。いつ異例子の耳に情報が入るのか分かったものではない。直ぐに口止めをしておかなければ。
勿論、千羽に異議はなかったが、
「郡是隊長。御兄姉にはとても苦労すると思います。心して掛からないと」
現状を知っているため、ついつい遠目を作ってしまう。
重々しく溜息をつく部下の姿に郡是も小さく溜息。どれほど苦労するのか、想像もしたくない。
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